聖女転生? だが断る

日村透

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断るためのパワー

75. お断りの意思は変わりませんことよ

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 『悪いようにはしない』って、そのセリフ自体が危険フラグではないのと思うのは私だけだろうか!?
 しかしアロイスを始め、隊商の人々がどれだけ私によくしてくれたかを考えると、言葉通りの意味でしかないと信じたくはある。
 信じさせるため親切にする、という悪い人も世の中にはいるわけだが。

 ――いいえ。真の悪人ならば、わざわざ予告などしてくれませんわよ! 落とし穴に落ちるのを黙って見ていればいいだけですもの。

 そう、私を都合よく動かしたいのなら、このタイミングで不安をあおるようなことなど言わないだろう。
 というか、私がこんな風にぐるぐるするのを予想した上で、あえて教えてくれたのだと思うべきだった。

「何か、ウェルディエ皇国で気がかりのことでもありますの?」
「あるな。だが説明は明日にする」

 今すぐに教えてくれないのは、そうすべき理由でもあるのだろうか。
 彼の紫色の瞳をじっと見つめると、困ったような苦笑いとともに「すまん」と謝られた。

「明日のほうがわかりやすいと思っただけだ。たいした意図はない」

 これは本音なのか、何かを隠している言葉なのかはわからない。
 判断はつかないけれど、彼を信じるとしよう。
 どっちみち、ここまで連れて来てもらっている以上、私に彼を信じない選択肢などないのだから。





 翌朝もとてもいい天気だった。
 ひょっとしたらパラつくことがあるかもと聞いていたのに、結局は一度もそんなことがなく、ずっと快適な道のりである。
 半分曇りかけの時もあったけれど、雲の隙間から陽光のカーテンが差し込む荘厳な景色を目にした時は、言葉では言い表せない感動が胸に迫った。
 一部分を切り取った枠の中の絵ではなく、それは三百六十度、ぐるりと取り巻く世界すべてに広がっているのだ。
 あんな景色に出会えただけでも、旅をしてよかったと思ってしまう。

 地面にはそれなりに高低差はあれど、どこまで行っても進むのに困らない地形が続き、いきなり陥没しているような場所もない。

「しっかし、めちゃくちゃ快適だなぁ……」
「ほんとだね。あたし、ここ通ってこんなに快適だったことってないよ。おまけに早いし」

 しみじみと呟き合うリュカとジゼルに、アロイスが相槌を打っている。
 大瘴気群が綺麗さっぱり消えたことで、景色も空気も綺麗で過ごしやすいだけではなく、安全地帯をって進む必要がなくなった。
 つまり、これまで蛇行していた道を直線距離で進めるようになったので、日数がカットできたのだ。

 昼の休憩時間になって馬車を降りる際、アロイスが「あれを見ろ」と前方を指で示した。
 地面の隆起はほとんどなく、見晴らしのいいずっと向こうの大地に、灰色の線が横たわって見える。

「壁……ですわね? もしや」
「あれが国境だ。このままの速度で進めば、日が暮れる前には着くだろう」
「まあ!」

 国境という言葉だけなら何度も耳にしていたけれど、いざそれが見えてくると、ぎゅっと胸が絞られる心地になる。

「嬉しいですわ。やっと、ですのね」
「そうだな。一応確認だけしておくが、あんたはこの旅を終えたら聖女は廃業する。頼まれてもやりたくない、ということで意思は変わらないか?」
「もちろんでしてよ! 絶対に、お断りですの……!」

 両手の拳をグッと握りしめ、視線に全力をこめてアロイスを見上げた。
 彼は軽い調子で「わかったわかった」と頷くけれど、適当なようで結構真面目に耳を傾けてくれる人だというのは、もう知っている。

 それにしても、みやこを出てからのこれまでの日数を改めて数えてみると――

「今日で一ヶ月と十日、ですかしら? とても長旅だったように思いますけれど、過ぎ去れば一瞬とはよく言ったものですわ」
「だな。でもっと日数を食う予定だったんだが」

 ロラン王国の北の国を経由する迂回コースであれば、商売をしながら進むのもあって、軽く三ヶ月以上はかかるそうな。
 前世の感覚だと一ヶ月以上の旅だってとても長く感じるけれど、この世界の『旅』としては、どうやらほどよい長さのようだ。

「ということは……オーギュスト殿下のお誕生日まで、もう半月ほどしかありませんのね」

 何の他意もなく口にすると、何故かアロイスが硬直した。
 彼だけでなく、隣で私達の会話を聞いていたジゼルやリュカまでもが固まっている。

「どうなさいましたの?」
「――おまえに言っておきたいことが、もうひとつあった。おまえ、俺が駆けつけた時に馬車の中で口にした言葉を覚えているか? 髪の毛を爆発させろとか何とか」
「あっ」

 硬直を解いて真剣な顔で尋ねてくる彼に、頬がカァァ、と熱くなった。
 お顔が素敵、ではなくて。いえ、素敵だけれどそうではなく。

「わ、わたくしあれを口に出していましたの!? そんな!? 心の中だけに秘めていたつもりでしたのに!」
「そうか。……あのな、これはくれぐれも頼みたいんだが、ああいう呪……いや、祈りだか願いごとというのは、なるべく……いや、二度と口にせんよう気を付けてくれ」
「もちろんですわ! わたくしったら、お恥ずかしい!」

 女神様だってお困りになるだろうし、うっかり人前で口走ってしまったら、私はもちろん暫定ざんてい保護者のアロイス達だって恥をかいてしまう。
 もしどうしても願いたい気分になった時は、心の中だけで言うように気を付けよう!

 頬を両手で隠しながら頷くと、アロイス達は安堵の溜め息をついた。
 すみません、いらん心配ばかりかけさせる女で。


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