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二、『先手必勝』の、相手が可笑しいような
4、
しおりを挟む「ウォル。ウォルター。突然、よそよそしくなった理由を聞いても?」
王族を前にした貴族子息の見本のような、毅然とした、それでいて礼節を保ったウォルターの態度を見て、アリスターも、言葉をかたくする。
「はい。アーロン男爵子息の件であれば、公式なことですから」
「アーロン男爵子息?ウォルは、さっきもその名を言っていたけれど。誰?」
「え?」
クリスという運命の番が現れたものの、生家が貴族最下位である男爵家という地位であることから、公爵家の次男であるウォルターとはこのまま婚姻して正妃とし、運命の番であるアーロン男爵子息は側妃とする。
そのような話をされることを覚悟し、何を言われても激昂することのないように、感情をむき出しにするような愚かな真似をしないようにと、自身に言い聞かせながら言葉にしたウォルターは、アリスターから不思議そうな顔を向けられ困惑した。
「アーロン男爵なんて、知らないんだけど。領地持ちなら知っている筈だし、文官、武官でも、聞いたことない。新興なら新興で、聞いたことがある筈なんだけど」
たとえ男爵家でも、何かに特化した家なら王家とも繋がりがあるし、新しく爵位を与えた家なら記憶にも新しいはずだがと考え込むアリスターに、ウォルターはそっと声をかける。
「アーロン男爵子息は、アリスター殿下の運命の番で、アリと愛称で呼ぶことを許された・・・ひっ!」
しかし、その説明の途中で、アリスターにぎろりと睨まれ、ウォルターは引き攣った声をあげた。
「誰が、誰の、運命の番、だって?」
地の底を這うような、怒気を存分に孕んだアリスターに問われ、ウォルターは口が乾くのを感じながらも、何とか答える。
「アーロン男爵子息が、アリスター殿下の、です」
「誰が、そのような愚かしいことを?」
「アーロン男爵子息、本人です」
偽りなど直ぐに見破りそうな、鋭利で冷酷な目を向けられ、ウォルターは胸が張り裂けそうな気持を味わう。
「そう。それを、ウォルターは信じたんだ?」
「い、言われたことは、事実とは異なる話ばかりでしたが、アリスター殿下のことを『アリ』と呼んでいましたし、このような場ではと諫めたところ、自分とアリスター殿下の仲なのだから、愛称で呼ばない方が怒られるに決まっているだろうと」
「それで信じたんだ?俺が、その男爵家の息子と浮気したって」
「う、浮気だなんて。運命の番なら」
「浮気だよ。ウォルターという婚約者が居るのに、他の者と情を交わすなど」
この国では、運命の番を得ることは難しいがゆえに、出会えた者は幸運だとする風潮がある。
ましてやアリスターは王族なのだから、たとえ運命の番の生家が男爵家だとしても、伯爵家あたりに養子縁組をさせたうえで側妃として迎えてしまえば、何ら問題は無いと考えるウォルターに、しかしアリスターは、それは浮気だときっぱりと言い切った。
「俺は、悲しいよウォル。ウォルは、俺を信じていないんだね」
悲し気な瞳で、大きく肩を落として言うアリスターに、ウォルターは懸命に首を横に振る。
「違います!アリスター殿下のことは、誰よりも信じています。ですから、婚約を解消されることはないと・・・ひぃっ!」
またも言葉の途中で『婚約、解消?』と呟き、ゆらりと立ち上がったアリスターの、その笑っているのに目だけが笑っていない顔を見て、ウォルターは全身を硬直させた。
「ねえ、ウォルター。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。ウォルターは、俺と婚約を解消したいの?」
「違います!そうではなくて、アリスター殿下を信じているので、そのようなことはなされないと」
「当たり前だ。ウォルとの婚姻を、人生最大の楽しみとして日々公務に励んでいるのに。何を馬鹿なことを」
言いながら、アリスターはウォルターの頬をつんつんとつつく。
「あ、アリスター殿下」
「そんな屑みたいな奴の話を信じてしまうなんて、お仕置き案件だよウォル」
「痛いのは嫌です」
お仕置きと言われ、咄嗟に鞭を思い出したウォルターが言えば、アリスターが、やや呆れたようにウォルターを見た。
「ウォル。そこは『自分は仕置きをされるような真似はしていません』って言うところだよ?『今回の件で、傷ついたのは自分なのだから、少しくらいアリ様に拗ねてみせてもいいじゃないですか』って」
「え?・・・あの」
前半はともかく、後半は何だろうと、ウォルターは理解が出来ずにアリスターを見上げる。
「ほら。可愛く拗ねてみせて?」
「・・・・・」
「可愛く拗ねないと、お仕置きしてしまうよ?」
「どういう選択肢なの、それ」
どういう思考なのかと、思わず言葉遣いを砕けたものにしたウォルターを、アリスターが嬉しそうに見た。
「うん。可愛く拗ねたら、俺も存分に可愛がってあげるし、拗ねてくれないなら、お仕置きってことだよ」
「アリ様。それって。どちらにしても、余り変わらない状況になるのでは?」
何気なくアリスターに誘導された結果、いつのまにか寝室の扉の前に立っていたウォルターは、じとりとした目をアリスターに向けた。
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