ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)

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五、気力を回復するクッキー・・・え?ぼくが勝手に名付けただけなんですけど

2、

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「あ。うまい」 

 瞬間、やや目を見開いたクライヴは、思わず出てしまったらしい普段とは異なる言葉遣いにも気づかない風で、手にしたクッキーを嬉しそうに食べ切り、紅茶を飲んで人心地ついたようにウォルターを見る。 

「良かった。心行くまでほっこりして行って。それに、言葉遣いも楽にして。ぼくのことは、名前で呼んで」 

 そんな、傍から見ても幸せそうな様子が嬉しくてウォルターが心からそう言えば、クライヴが自嘲するように短く息を吐き、自棄になったような言葉を紡いだ。 

「そんなことを言うと、後悔するかも知れませんよ?私の普段は、かなり横暴で尊大、と言われていますから」 

 『ね?やっぱりやめておけばよかったと思う未来しかみえないでしょう?』と言うクライヴは、嫌味な笑みを浮かべるけれど、先ほどまでの無気力よりずっといいと、ウォルターは笑顔になる。 

「ふふ。少しは元気になったみたいでよかった。それに、本当に横暴で尊大なひとは、そんな風に気遣ったりしないと思うよ?」 

 揶揄うようにウォルターが言えば、クライヴは、ふっ、と小さく笑った。 

「では、そのように。しかし、私が居たのでは、ウォルター様が休めないのでは?」 

 名前呼びにはなっているが、丁寧語は外さない。 

 しかしそれは、立場的に難しいのだろうと、ウォルターは、家名でなく名前で呼んでくれただけでもよしとする。 

「全然。ぼく、前からクライヴ様ともっと話をしてみたい、って思っていたからむしろ嬉しい」 

 ならばと、クライヴもイーストン侯爵家の子息、しかも嫡男なのだからと敬称を付けたウォルターを、クライヴは胡乱な目で見た。 

「ウォルター様。それは、私が敬称を付けたことへの意趣返しですか?」 

「え?意趣返しっていうか。クライヴ様がぼくのことを敬称付けて呼ぶのなら、ぼくもそうするのが筋だと思ったんだけど?」 

 第一王子アリスターの婚約者とはいえ、身分は未だ公爵子息であるウォルターが言えば、クライヴは緩く首を横に振る。 

「私のことは、クライヴと呼び捨てにしてください」 

「分かった。何か、クライヴと仲良くなれたみたいで嬉しい。あ、気が向いた時でいいから、ぼくのことも呼び捨てにしてね」 

 心底嬉しそうに、にこにこ笑いながら言われ、クライヴは思わず息を呑んだ。 

 凛と美しい印象の強いウォルターの、砕けた微笑みは破壊力が半端ない。 

 アリスターと共に、その求心力の高さを謳われるウォルターを目の前にして、クライヴは我が身を振り返り、再び暗い気持ちになった。 

「ね、クライヴ。ぼくとお茶して、お話ししよう」 

 だから、もう決まりだと笑顔のままに言うウォルターを、クライヴは暗澹たる思いで見つめる。 

「私と話をしたいなどと言う者は、物好き、酔狂と言われているのをご存じないのですか?」 

 心底呆れたように言われ、信じられないものを見るように見られて、ウォルターはこくりと紅茶をひと口飲んで反論する。 

「それは、一部の偏見・・っていうか、ひがみから来る誹謗中傷でしょ。クライヴは知識の宝庫、って有名だよ。ぼくも実際、クライヴが他のひとと話をしているのを聞いて、ぼくにも教えてくれないかな、って思ってたんだから」 

 やっと望みが叶ったとウォルターが言えば、クライヴが不意打ちを喰らったように瞠目した。 

「本当に、酔狂な方ですね」 

「じゃあもうそれでいいから、ほら、こっち。ここに座って」 

 敷物の上に座るよう促し、ウォルターはクッキーの皿をクライヴに薦める。 

「気力の回復するクッキー、か」 

「あ。念のため言っておくと、それぼくが勝手に名付けただけだからね?美味しいクッキーを食べると和むよね、ってだけで、そんな効能、無いからね?」 

 その余りに真剣な様子に少々焦ってウォルターが言えば、クライヴが淡く笑った。 

「けれど、本当に癒される、優しさの籠ったクッキーです。ウォルター様のお気に入りなのですか?差支えなければ、是非、何処の品か教えてください」 

「ふふ。そんな風に言ってくれてありがとう。このクッキーはね、ぼくが焼いたものなんだよ」 

 自作のクッキーをクライヴが気に入ってくれたのが嬉しくて、面映ゆい思いで言ったウォルターに、今度はクライヴが焦ったようにクッキーとウォルターを見比べる。 

「ウォルター様が作ったクッキー。それつまり、このクッキーはウォルター様の手作りということ」 

 そう呟きクッキーを手に固まってしまったクライヴに、ウォルターは苦笑した。 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。確かに形はいびつだったり不揃いだったりするけど、食べられる物しか入れていないし、おかしな薬なんかも混入させていないから」 

 『そこは信用してよ』と笑うウォルターに、分かっていないと、クライヴは首を横に振る。 

「違います。そんな心配はしていません。私は今、違う意味で我が身の危険を覚えているのです。しかも、この状況もよく考えれば」 

 何やらぶつぶつ言いながら周りを見、考え込むクライヴに、ウォルターは首を傾げた。 

「?・・よく分からないけど、クッキーを気に入ってくれたのは本当?」 

「はい。本当に美味しいですし、癒されます。菓子を食してこんな気持ちになったのなど初めてで、驚いています」 

 言い切ったクライヴの瞳を見つめたウォルターは、そこに偽りの無い光を見、嬉しさに口元を緩ませる。 

 
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