21 / 74
五、気力を回復するクッキー・・・え?ぼくが勝手に名付けただけなんですけど
4、
しおりを挟む「あー、癒される。俺の部屋に毎日ウォルがいるの、最高」
その夜。
遅くなってから自室に戻ったアリスターは、ささっと湯を使って一日の疲れと汚れを落とすと、嬉しそうにウォルターをソファに座らせ、その腿を枕に寝転がった。
「お疲れ様です、アリ様。でも、こんなことしていないで、ベッドでちゃんと寝た方がいいんじゃない?」
優しくアリスターの髪を梳きながらウォルターが言えば、アリスターが気持ちよさそうに伸びをする。
「んーん。ベッドでウォルを抱き締めて寝るのもいいけど、これも最高だから、もう少し頼む」
はあぁ幸せ、と大きく息を吐いて、アリスターはウォルターの前髪に手を伸ばす。
「畏まりました。仰せのままに、我が君」
冗談めかしてウォルターが言う、その声を心地よく聞いたアリスターが、そういえば、とテーブルを見た。
「なあ、ウォル。クッキーは?あ、とぼけたって無駄だよ。俺のウォル情報は完璧なんだから、今日ウォルがクッキーを焼いていたことは確認済だ。それで?どこにあるんだ?俺の分」
「あ・・ごめんアリ様。もう無い・・です」
期待した、きらきらとした目で辺りを見渡すアリスターに、そんなことを言われると思っていなかったウォルターは、驚きつつも素直に謝る。
「え?無い?」
信じられない事実を伝えられたのだろう。
途端、アリスターの瞳に絶望が宿った。
「うん。アリ様が、そんな風に言ってくれると思わなくて。ほんとにごめんなさい」
『まさか今日、ぼくがクッキーを焼いたことをアリ様が知っていて、しかも欲してくれるとは思ってもいなかった』と、ウォルターは首を竦めて頭を下げた。
「ウォル。俺に言わせれば、それこそ『なんでそんな風に思うかな?』だ。ウォルターが作ったものだよ?食べたいに決まっているよね。それで?そのクッキー全部、ウォルが食べたの?」
せめてそうであってくれという、アリスターの内心の願いは、どこか嬉しそうなウォルターによって粉砕される。
「ううん。偶然クライヴ・・・イーストン侯爵家のクライヴ様と会って、ご馳走したんだ」
楽しかった時間を思い出しながらウォルターが言った瞬間、アリスターの眉間に、それは深い皺が寄った。
「偶然会った、って。何処で?今日ウォルは、ひとりでお茶を楽しんだ、って報告受けてるけど?」
「うん、そう。庭の、ほら木苺のたくさんある場所。あそこでひとりお茶にしようとしたら、先にクライヴが居たんだ。だから一緒にお茶して、その時にクッキーも出して・・って。あ!でも、ひとりでいていい区域とか時間は、ちゃんと守ったよ?」
約束は破っていない、と言うウォルターに、アリスターは、そうじゃない、と、勢いよく起き上がる。
「いいかい、ウォル。問題は、ウォルがひとりの時間にイーストンとお茶をした、ってことだよ。だってそれって、完全ふたりきりだった、ってことだろう?しかも、クライヴ、なんて名前で呼ぶ仲になっちゃって」
「なっちゃって、って。だって、イーストン様って言ったら、父君と同じだから紛らわしいって言うから」
「イーストン侯爵子息、といえばいいんじゃないか?」
「あ!」
「『あ!』じゃないよ、まったく」
ぐりぐりと拳をこめかみに当てながら、アリスターが呆れたようにため息を吐いた。
「だ、だって!・・そう!ほら、これからひとりお茶を、っていう完全に気が抜けている時だったから!それで!」
「何その言い訳」
「そ、それに!クライヴとはこれから長い付き合いになるんだから、余所余所しい関係を続けるよりよくない?」
「長い付き合い?個人的にってことか?」
言い訳にもなっていないと言われ、慌てて言葉を繋いだウォルターは、更に冷たい目を向けられ、焦りまくる。
「公的にも、私的にも!だって、ぼくはクライヴからたくさんの事を学びたいと思っているし、やりたいことの協力も仰ぎたい。そしてもっと望むなら、討論出来るような間柄になりたいと思っているから。といっても、今のぼくじゃ全然だけど」
真摯な言葉で、望みを訴えるウォルター。
しかし、そんなウォルターの言葉や望みにもアリスターは渋い顔のまま、戒めるが如くの強さでウォルターの手を取った。
「確かに、イーストンは切れ者で頼りになる。この先も、奴が居れば心強いだろうとは俺も思っているし、ウォルターの考えを奴に伝えるのもいいだろうと思う。だけどな、ウォル。ふたりきりでお茶は駄目だ。どんな理由があろうと絶対に駄目だ。いいか?イーストンだけじゃない。俺以外の人間とふたりきりで何かをするのは、今後一切、禁止だ」
強い瞳と口調で言われ、ひゅ、と息を飲んだウォルターは、それでも真剣な表情で頷いた。
「申し訳ありません。アリスター殿下の婚約者として、していいことではなかったです。今後は、気を付けます」
立ち上がり、口調さえ改めて『本当に申し訳ありませんでした』と頭を下げれば、アリスターの顔が、ふにゃりと歪む。
「ああ、ほんとにだよ。ウォルなんて、すぐにぱくっと食べられちゃうんだからね?ちゃんと自覚して、気を付けないとなんだからね?」
もう、心配で心配で政務どころではなくなってしまう、と、ぎゅうぎゅうウォルターを抱き締めるアリスターの声と態度に、先ほどの固さは微塵も無い、というより、子どものように言い募り、すりすりと甘える、かと思えば、誘うようにウォルターの目を見つめ、瞼に口づける色っぽさ。
「アリ様」
そんな、格好いいと可愛いが合体したような婚約者を、ウォルターは愛しく抱き締め囁いた。
「何があっても、政務はきちんと熟してください」
~・~・~・
エール、いいね、お気に入り、しおり、ありがとうございます。
562
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる