ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)

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五、気力を回復するクッキー・・・え?ぼくが勝手に名付けただけなんですけど

4、

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「あー、癒される。俺の部屋に毎日ウォルがいるの、最高」 

 その夜。 

 遅くなってから自室に戻ったアリスターは、ささっと湯を使って一日の疲れと汚れを落とすと、嬉しそうにウォルターをソファに座らせ、その腿を枕に寝転がった。 

「お疲れ様です、アリ様。でも、こんなことしていないで、ベッドでちゃんと寝た方がいいんじゃない?」 

 優しくアリスターの髪を梳きながらウォルターが言えば、アリスターが気持ちよさそうに伸びをする。 

「んーん。ベッドでウォルを抱き締めて寝るのもいいけど、これも最高だから、もう少し頼む」 

 はあぁ幸せ、と大きく息を吐いて、アリスターはウォルターの前髪に手を伸ばす。 

「畏まりました。仰せのままに、我が君」 

 冗談めかしてウォルターが言う、その声を心地よく聞いたアリスターが、そういえば、とテーブルを見た。 

「なあ、ウォル。クッキーは?あ、とぼけたって無駄だよ。俺のウォル情報は完璧なんだから、今日ウォルがクッキーを焼いていたことは確認済だ。それで?どこにあるんだ?俺の分」 

「あ・・ごめんアリ様。もう無い・・です」 

 期待した、きらきらとした目で辺りを見渡すアリスターに、そんなことを言われると思っていなかったウォルターは、驚きつつも素直に謝る。 

「え?無い?」 

 信じられない事実を伝えられたのだろう。 

 途端、アリスターの瞳に絶望が宿った。 

「うん。アリ様が、そんな風に言ってくれると思わなくて。ほんとにごめんなさい」 

 『まさか今日、ぼくがクッキーを焼いたことをアリ様が知っていて、しかも欲してくれるとは思ってもいなかった』と、ウォルターは首を竦めて頭を下げた。 

「ウォル。俺に言わせれば、それこそ『なんでそんな風に思うかな?』だ。ウォルターが作ったものだよ?食べたいに決まっているよね。それで?そのクッキー全部、ウォルが食べたの?」 

 せめてそうであってくれという、アリスターの内心の願いは、どこか嬉しそうなウォルターによって粉砕される。 

「ううん。偶然クライヴ・・・イーストン侯爵家のクライヴ様と会って、ご馳走したんだ」 

 楽しかった時間を思い出しながらウォルターが言った瞬間、アリスターの眉間に、それは深い皺が寄った。 

「偶然会った、って。何処で?今日ウォルは、ひとりでお茶を楽しんだ、って報告受けてるけど?」 

「うん、そう。庭の、ほら木苺のたくさんある場所。あそこでひとりお茶にしようとしたら、先にクライヴが居たんだ。だから一緒にお茶して、その時にクッキーも出して・・って。あ!でも、ひとりでいていい区域とか時間は、ちゃんと守ったよ?」 

 約束は破っていない、と言うウォルターに、アリスターは、そうじゃない、と、勢いよく起き上がる。 

「いいかい、ウォル。問題は、ウォルがひとりの時間にイーストンとお茶をした、ってことだよ。だってそれって、完全ふたりきりだった、ってことだろう?しかも、クライヴ、なんて名前で呼ぶ仲になっちゃって」 

「なっちゃって、って。だって、イーストン様って言ったら、父君と同じだから紛らわしいって言うから」 

「イーストン侯爵子息、といえばいいんじゃないか?」 

「あ!」 

「『あ!』じゃないよ、まったく」 

 ぐりぐりと拳をこめかみに当てながら、アリスターが呆れたようにため息を吐いた。 

「だ、だって!・・そう!ほら、これからひとりお茶を、っていう完全に気が抜けている時だったから!それで!」 

「何その言い訳」 

「そ、それに!クライヴとはこれから長い付き合いになるんだから、余所余所しい関係を続けるよりよくない?」 

「長い付き合い?個人的にってことか?」 

 言い訳にもなっていないと言われ、慌てて言葉を繋いだウォルターは、更に冷たい目を向けられ、焦りまくる。 

「公的にも、私的にも!だって、ぼくはクライヴからたくさんの事を学びたいと思っているし、やりたいことの協力も仰ぎたい。そしてもっと望むなら、討論出来るような間柄になりたいと思っているから。といっても、今のぼくじゃ全然だけど」 

 真摯な言葉で、望みを訴えるウォルター。 

 しかし、そんなウォルターの言葉や望みにもアリスターは渋い顔のまま、戒めるが如くの強さでウォルターの手を取った。 

「確かに、イーストンは切れ者で頼りになる。この先も、奴が居れば心強いだろうとは俺も思っているし、ウォルターの考えを奴に伝えるのもいいだろうと思う。だけどな、ウォル。ふたりきりでお茶は駄目だ。どんな理由があろうと絶対に駄目だ。いいか?イーストンだけじゃない。俺以外の人間とふたりきりで何かをするのは、今後一切、禁止だ」 

 強い瞳と口調で言われ、ひゅ、と息を飲んだウォルターは、それでも真剣な表情で頷いた。 

「申し訳ありません。アリスター殿下の婚約者として、していいことではなかったです。今後は、気を付けます」 

 立ち上がり、口調さえ改めて『本当に申し訳ありませんでした』と頭を下げれば、アリスターの顔が、ふにゃりと歪む。 

「ああ、ほんとにだよ。ウォルなんて、すぐにぱくっと食べられちゃうんだからね?ちゃんと自覚して、気を付けないとなんだからね?」 

 もう、心配で心配で政務どころではなくなってしまう、と、ぎゅうぎゅうウォルターを抱き締めるアリスターの声と態度に、先ほどの固さは微塵も無い、というより、子どものように言い募り、すりすりと甘える、かと思えば、誘うようにウォルターの目を見つめ、瞼に口づける色っぽさ。 

「アリ様」 

 そんな、格好いいと可愛いが合体したような婚約者を、ウォルターは愛しく抱き締め囁いた。 

「何があっても、政務はきちんとこなしてください」 

  
~・~・~・
エール、いいね、お気に入り、しおり、ありがとうございます。
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