ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)

文字の大きさ
25 / 74
六、「好きにして」と言ったのは確かにぼくです・・・ええ、確かに。

3、

しおりを挟む
 

 

 

「ほう。確かに我が息子ウォルターがいるな。伯爵位以上の家の者であれば誰もが使えるサロンで、私の部下と何やら勉学に励んでいるようだが。アナキン伯爵、それが何の問題になろう」 

「え?いえ、こんな筈・・フィギス男爵!どういうことだ!?」 

「いえ、確かに私は」 

 そして現れたのは、扉を開けた時の揚々とした表情を真っ青なそれに変えたアナキン伯爵と難しい顔のエアリー公爵、そしてその隣に立つ、感情をすべて抜き落としたかのような王子アリスター。 

 一番後ろには、ウォルターを誘導して来た侍従もいる。 

  

 そっか、あの侍従、男爵だったんだ。 

 

 アナキン伯爵が侍従に向かって叫んだことでそう知ったウォルターは、そこでアリスターが、何やら手にしたものに目を通していることに気付いた。 

 

 アリ様、何を読んでいるんだろう? 

 チェスターから受け取っていた、何か、だよね? 

 なんだろう。 

 

 実際には、チェスターから受け取ったのではなく、ひったくるように奪ったのだが、ウォルターは、のほほんとそんなことを思う。 

「フィギス男爵!」 

 たまりかねたようにアナキン伯爵が怒鳴りつけ、その余りの声の大きさにフィギス男爵が小さく飛び上がった。 

「わ、わたしは!確かに!」 

「確かに、何かね?」 

 そして、今、到着したのだろう。 

 騒ぐアナキン伯爵らの後ろから、ゆったりと歩いて室内へ入って来たのは、この国の国王。 

「へっ、陛下、違うのです、これは・・っ」 

「何が違うのだ、アナキン伯爵。其方の報告によれば、ウォルターと外務の文官が、事もあろうに王城で不義をはたらいている、そういった行為に耽っている、ということのようだったが?勉学が不義なのか?それとも何か?ウォルターが文官や武官に教えを乞うことは私が許可したのだが。それが不服だとでも?」 

 威厳たっぷりにじろりと睨めつけられ、アナキン伯爵はたじたじになった。 

「いいえ、決して!そのようなことは・・・!」 

「チェスター。何があったか説明しろ」 

 国王の問いに答えることが出来ず、狼狽えるアナキン伯爵から視線を移したエアリー公爵が、チェスターにそう命じた。 

「はい。国王陛下の御前にて、畏れながら申し上げます」 

 そして、自分の発言に嘘偽り無いことを誓ったチェスターがこれまでの経緯を話せば、国王の表情はとても厳しいものとなる。 

「誘発剤を使われた、とな。アナキン伯爵。其方は、私に虚言を吐いた、ということか」 

 再びじろりと睨み付けられ、アナキン伯爵は、白くなった顔を横に振って、懸命に窮地を回避しようと、国王に縋らぬばかりに両手を擦り合わせた。 

「ち、違います!私はただ、こちらのフィギス男爵から報告を受けて!・・・っ!そうです!誰が、王城の侍従が偽りの報告をするなど思うでしょうか!私は、嵌められたのです!この、フィギス男爵に!」 

 びしっと指をさし、アナキン伯爵は、すべてはフィギス男爵の罠だったと主張する。 

「は!?何を言う!侍従としての立場を利用し、はかりごとに加担せよと言ったのは貴方ではないですか!借金を肩代わりするからと言って!」 

 貴族としての誇りも何も感じられないふたりの醜い遣り取りを、国王は片手を挙げることで制した。 

「見苦しい。心配せずとも、誘発剤の入手経路など、事細かに調べ上げてやる。連れて行け」 

 国王の命で、アナキン伯爵、フィギス男爵、そして同じく加担していた護衛が連行されて行く。 

「ウォルター。大事無いか?」 

 三人がいなくとなるとすぐ、エアリー公爵は愛息の傍により、無事を確かめるように両肩に手を置き、労わるようにその腕をそっと擦った。 

「はい。何も問題ありません、父様」 

 にこりと笑ってウォルターが答えれば、父公爵も安心したように微笑み返す。 

「閣下。この度は、計らずもご子息を巻き込む結果となってしまい、誠に申し訳ございません」 

 そう言って真摯に頭を下げるチェスターに、エアリー公爵は呆れたような目を向けた。 

「どの口が言うか。このサロンに連れ込まれた段階で、連中がお前に誰を襲わせようとしているのか分かっていたのだろうが」 

「流石。よくお分かりで」 

 おどけたように言うチェスターに、エアリー公爵はため息を吐く。 

「分かるわ、まったく。何かあった時のために、と用心に持たせた薬を逆手に取るとは」 

「申し訳ありません。ですが、早急に片づけてしまいたかったのです」 

 それは本心だと真顔になったチェスターに、エアリー公爵もまた、真顔になる。 

「焦り過ぎるのも禁物だ。それから、私も人の子の親だということを忘れるな。二度目は無いぞ」 

 言外に、次にウォルターを巻き込んだら、お前のことも容赦しないと断言するエアリー公爵の厳しい表情に、チェスターの眉がぴくりと動く。 

「父様。これで、父様とチェスターが、今回危惧していた件は片付きましたか?」 

 暫くふたりの遣り取りを聞いていたウォルターが、見かねたようにそう言葉を挟むと、国王が楽しそうな笑みを浮かべた。 

「ああ、解決するとも。ウォルターを巻き込んだ事を、奴ら一生悔いることになるだろうよ」 

「良かったです・・・あのね、父様。父様が大切にぼくを護ってくれることは本当に感謝しています。でもぼくは、役立てる人間でありたいんです。だから、もしまたこういうことがあって、ぼくが役に立てるなら頑張ると、その心づもりでいます。出来れば、次からは前もって言ってもらえると助かりますけど」 

「はあ。率先して巻き込まれようなど、酔狂な」 

 王子の婚約者として、人員も含め国益になることならそうするのが当然だと言うウォルターを、国王は頼もしく見る。 

「いい、心がけだ。アリスターは、良い婚約者を持ったな」 

「だって、さっきの演技、絶対大根だったから。騙されてくれたのは、ひとえにチェスターの演技力だろうな、って思うと、なんか、悔しい」 

「「「え」」」 

 恥ずかしそうに言うウォルターは、とても可愛い。 

 しかし余りに方向違いのウォルターの発言で、国王のみならず残念な視線が幾つもウォルターに向かい、その場に何とも言えない空気が流れた。 

「ウォルター・・それは、何か違うのではないか?」 

 その場の全員を代表するかの父公爵の言葉に反論しようとしたウォルターは、その何ともいえない空気のなか、ひとり感情を削ぎ落としたまま立ち尽くすアリスターに首を傾げた。 

 いつもであれば、エアリー公爵と共に大騒ぎしたであろうアリスターは、そんなウォルターの視線に気づくと、漸く呪縛が解けたかのように動き出し、ウォルターの腕を掴む。 

「アリさ・・アリスター殿下?」 

「陛下。今日のところは解散、ということでよろしいでしょうか?」 

 そして、ウォルターを見ることなく発せられた声の低さ、硬質さにウォルターは息を飲む。 

「ああ。公爵、それで構わないな」 

「はい・・・殿下」 

「・・・努力は、する」 

 そして、奇妙な緊張のなか交わされた、アリスターとエアリー公爵の、ウォルターにとっては謎の会話。 

「父様。一体、何の話?」 

 首を傾げ問うも、エアリー公爵が何を言うより早く、アリスターはウォルターの腕を強く掴んで歩き出す。 

「わ!アリスター殿下、少しおまちくださ・・・陛下!御前を失礼いたします・・っ・・父様、チェスターもまたね・・!」 

 問いの答えも聞かせない、きちんとした退室の挨拶もさせない。 

 いつになく強引なアリスターに、半ば引きずられるようにしながら、ウォルターは、懸命に足を動かした。 

 
~・~・~・
エール、いいね、お気に入り、しおり、ありがとうございます。
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...