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六、「好きにして」と言ったのは確かにぼくです・・・ええ、確かに。
3、
しおりを挟む「ほう。確かに我が息子ウォルターがいるな。伯爵位以上の家の者であれば誰もが使えるサロンで、私の部下と何やら勉学に励んでいるようだが。アナキン伯爵、それが何の問題になろう」
「え?いえ、こんな筈・・フィギス男爵!どういうことだ!?」
「いえ、確かに私は」
そして現れたのは、扉を開けた時の揚々とした表情を真っ青なそれに変えたアナキン伯爵と難しい顔のエアリー公爵、そしてその隣に立つ、感情をすべて抜き落としたかのような王子アリスター。
一番後ろには、ウォルターを誘導して来た侍従もいる。
そっか、あの侍従、男爵だったんだ。
アナキン伯爵が侍従に向かって叫んだことでそう知ったウォルターは、そこでアリスターが、何やら手にしたものに目を通していることに気付いた。
アリ様、何を読んでいるんだろう?
チェスターから受け取っていた、何か、だよね?
なんだろう。
実際には、チェスターから受け取ったのではなく、ひったくるように奪ったのだが、ウォルターは、のほほんとそんなことを思う。
「フィギス男爵!」
たまりかねたようにアナキン伯爵が怒鳴りつけ、その余りの声の大きさにフィギス男爵が小さく飛び上がった。
「わ、わたしは!確かに!」
「確かに、何かね?」
そして、今、到着したのだろう。
騒ぐアナキン伯爵らの後ろから、ゆったりと歩いて室内へ入って来たのは、この国の国王。
「へっ、陛下、違うのです、これは・・っ」
「何が違うのだ、アナキン伯爵。其方の報告によれば、ウォルターと外務の文官が、事もあろうに王城で不義をはたらいている、そういった行為に耽っている、ということのようだったが?勉学が不義なのか?それとも何か?ウォルターが文官や武官に教えを乞うことは私が許可したのだが。それが不服だとでも?」
威厳たっぷりにじろりと睨めつけられ、アナキン伯爵はたじたじになった。
「いいえ、決して!そのようなことは・・・!」
「チェスター。何があったか説明しろ」
国王の問いに答えることが出来ず、狼狽えるアナキン伯爵から視線を移したエアリー公爵が、チェスターにそう命じた。
「はい。国王陛下の御前にて、畏れながら申し上げます」
そして、自分の発言に嘘偽り無いことを誓ったチェスターがこれまでの経緯を話せば、国王の表情はとても厳しいものとなる。
「誘発剤を使われた、とな。アナキン伯爵。其方は、私に虚言を吐いた、ということか」
再びじろりと睨み付けられ、アナキン伯爵は、白くなった顔を横に振って、懸命に窮地を回避しようと、国王に縋らぬばかりに両手を擦り合わせた。
「ち、違います!私はただ、こちらのフィギス男爵から報告を受けて!・・・っ!そうです!誰が、王城の侍従が偽りの報告をするなど思うでしょうか!私は、嵌められたのです!この、フィギス男爵に!」
びしっと指をさし、アナキン伯爵は、すべてはフィギス男爵の罠だったと主張する。
「は!?何を言う!侍従としての立場を利用し、謀に加担せよと言ったのは貴方ではないですか!借金を肩代わりするからと言って!」
貴族としての誇りも何も感じられないふたりの醜い遣り取りを、国王は片手を挙げることで制した。
「見苦しい。心配せずとも、誘発剤の入手経路など、事細かに調べ上げてやる。連れて行け」
国王の命で、アナキン伯爵、フィギス男爵、そして同じく加担していた護衛が連行されて行く。
「ウォルター。大事無いか?」
三人がいなくとなるとすぐ、エアリー公爵は愛息の傍により、無事を確かめるように両肩に手を置き、労わるようにその腕をそっと擦った。
「はい。何も問題ありません、父様」
にこりと笑ってウォルターが答えれば、父公爵も安心したように微笑み返す。
「閣下。この度は、計らずもご子息を巻き込む結果となってしまい、誠に申し訳ございません」
そう言って真摯に頭を下げるチェスターに、エアリー公爵は呆れたような目を向けた。
「どの口が言うか。このサロンに連れ込まれた段階で、連中がお前に誰を襲わせようとしているのか分かっていたのだろうが」
「流石。よくお分かりで」
おどけたように言うチェスターに、エアリー公爵はため息を吐く。
「分かるわ、まったく。何かあった時のために、と用心に持たせた薬を逆手に取るとは」
「申し訳ありません。ですが、早急に片づけてしまいたかったのです」
それは本心だと真顔になったチェスターに、エアリー公爵もまた、真顔になる。
「焦り過ぎるのも禁物だ。それから、私も人の子の親だということを忘れるな。二度目は無いぞ」
言外に、次にウォルターを巻き込んだら、お前のことも容赦しないと断言するエアリー公爵の厳しい表情に、チェスターの眉がぴくりと動く。
「父様。これで、父様とチェスターが、今回危惧していた件は片付きましたか?」
暫くふたりの遣り取りを聞いていたウォルターが、見かねたようにそう言葉を挟むと、国王が楽しそうな笑みを浮かべた。
「ああ、解決するとも。ウォルターを巻き込んだ事を、奴ら一生悔いることになるだろうよ」
「良かったです・・・あのね、父様。父様が大切にぼくを護ってくれることは本当に感謝しています。でもぼくは、役立てる人間でありたいんです。だから、もしまたこういうことがあって、ぼくが役に立てるなら頑張ると、その心づもりでいます。出来れば、次からは前もって言ってもらえると助かりますけど」
「はあ。率先して巻き込まれようなど、酔狂な」
王子の婚約者として、人員も含め国益になることならそうするのが当然だと言うウォルターを、国王は頼もしく見る。
「いい、心がけだ。アリスターは、良い婚約者を持ったな」
「だって、さっきの演技、絶対大根だったから。騙されてくれたのは、ひとえにチェスターの演技力だろうな、って思うと、なんか、悔しい」
「「「え」」」
恥ずかしそうに言うウォルターは、とても可愛い。
しかし余りに方向違いのウォルターの発言で、国王のみならず残念な視線が幾つもウォルターに向かい、その場に何とも言えない空気が流れた。
「ウォルター・・それは、何か違うのではないか?」
その場の全員を代表するかの父公爵の言葉に反論しようとしたウォルターは、その何ともいえない空気のなか、ひとり感情を削ぎ落としたまま立ち尽くすアリスターに首を傾げた。
いつもであれば、エアリー公爵と共に大騒ぎしたであろうアリスターは、そんなウォルターの視線に気づくと、漸く呪縛が解けたかのように動き出し、ウォルターの腕を掴む。
「アリさ・・アリスター殿下?」
「陛下。今日のところは解散、ということでよろしいでしょうか?」
そして、ウォルターを見ることなく発せられた声の低さ、硬質さにウォルターは息を飲む。
「ああ。公爵、それで構わないな」
「はい・・・殿下」
「・・・努力は、する」
そして、奇妙な緊張のなか交わされた、アリスターとエアリー公爵の、ウォルターにとっては謎の会話。
「父様。一体、何の話?」
首を傾げ問うも、エアリー公爵が何を言うより早く、アリスターはウォルターの腕を強く掴んで歩き出す。
「わ!アリスター殿下、少しおまちくださ・・・陛下!御前を失礼いたします・・っ・・父様、チェスターもまたね・・!」
問いの答えも聞かせない、きちんとした退室の挨拶もさせない。
いつになく強引なアリスターに、半ば引きずられるようにしながら、ウォルターは、懸命に足を動かした。
~・~・~・
エール、いいね、お気に入り、しおり、ありがとうございます。
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