ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)

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八、|異国《とつくに》の王子

8、

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「ああ。本当にウォルは可愛いね。早く抱き潰したい」 

「何それ。物騒」 

 思わず真顔で言い返したウォルターは、そそくさとアリスターの膝から下りた。 

「そうはいっても。ウォルとの初夜が楽しみなのは、俺の、嘘偽らざる本心だからな。取り消すつもりは無い」 

「それは・・初夜が楽しみなのは、ぼくも同じだから、完全に取り消してほしいわけじゃないけど。抱き潰すっていうのは、ちょっと」 

 きりっと、とんでもないことを言い切るアリスターを見て『なんでそんなに、無駄に格好いいの』と、ウォルターは視線を彷徨わせる。 

「心配しなくても大丈夫だ。優しく抱き潰すから」 

「抱き潰すのは、確定なんだ」 

 苦笑するウォルターを引き寄せて、アリスターはその瞳を覗き込んだ。 

「確定だな。そして、動けなくなったウォルターの世話を俺がするのも、また確定している」 

「もう。ぼくの世話って・・・あ、でも。ヒートが来ると、ぐずぐずになって意識も飛ぶことがあるって聞くから。アリ様が嫌にならないかも、心配」 

「ならない。絶対」 

 言い切って、アリスターがウォルターに口づけようとしたとき、扉を叩く音がした。 

「あ、誰か来た」 

「誰だ?今日はもう、呼ぶまで来るなと言ってあるはずだが」 

 この部屋には風呂も洗面所も付いているので、そこの支度さえ済んでいれば問題無いと、前もって伝えていたアリスターは、訝しみながら、扉を開ける許可を出す。 

「失礼いたします。エアリー公爵閣下より、エアリー公爵ご子息様へ、ご褒美の品が届いております」 

 凛とした、それでいてやわらかな佇まいで現れたのは、ウォルターの王城での専属侍従のひとりであるジェローム。 

 ティートロリーで何かを運んで来た彼は、アリスターとウォルターが座るテーブルへ、茶器をセッティングしていく。 

「父様からの、ご褒美?・・・あ!もしかして!」 

 ぱっと瞳を輝かせたウォルターは、いそいそとクローシュに手を伸ばした。 

「ウォル」 

「あ、ごめんなさい。つい、気が逸ってしまって。未だ、開けてはいけないですよね」 

 今正にお茶を淹れているジェロームを見て、ウォルターは、苦笑いを浮かべる。 

「お気になさらず。ご褒美なのですから、存分に楽しんでくださいませ」 

 ジェロームがにこやかに言うも、ウォルターはアリスターを気にして手を出さない。 

「はあ。俺も、別にクローシュを取ろうとしたことを咎めるつもりは無い」 

「え?でも、今」 

「ウォルは、俺よりそれがいいのかと、嫉妬しただけだ」 

 『悪いか』と言われ、ウォルターは、くすくすと笑ってしまう。 

「『悪いか』って、アリ様。だってこれ、きっとチョコレートボンボンだよ?お菓子だよ?それなのに、嫉妬って」 

 『それは、対象がどうかと思う』と笑いながら言うウォルターの耳を、アリスターは優しく捻った。 

「現に今、すぱっとウォルを攫われたからな。嫉妬もする・・・しかし、ジェローム。お前が、エアリー公爵に懐柔されるとはな」 

「お言葉ですが、エアリー公爵に懐柔されたわけではありません。ただ『今夜、大人しく寝かせてもらえなければ、明日からの歓迎行事で、ウォルターが辛かろう』とおっしゃった、っそのご意見に賛同したまでのことです」 

 しれっと言い切るジェロームに、ウォルターが首を傾げる。 

「え?それって、どういう・・・大人しく寝かせてもらう・・もらえない・・・っ!あ!ああ・・・そういう」 

 呟き、遅まきながらその意味に気付いたウォルターが、耳まで真っ赤になった。 

「はあ。ジェローム。こんなに可愛いウォルターとふたりで居て、何もするなと?」 

「明日もお茶会がございます。その折、気だるげなエアリー公爵子息のお姿を、皆様の前に晒すおつもりですか?」 

 『隙あらばと、狙う貴族が数多いる場所で?』と言われ、アリスターは渋々頷きを返す。 

「はあ。分かった。残念ながら、その通りだからな。エアリー公爵にも、安心するよう伝えろ」 

「畏まりました」 

 アリスターは、一度口にしたことを覆さない。 

 その確たる信頼のもと、ジェロームは『ごゆっくり』と一礼して、去って行った。 

「アリ様。食べてもいい?」 

 いそいそとソファに座り、アリスターを見上げるウォルターの隣に座り、アリスターはもちろんと答える。 

「わああ。久しぶりのチョコレートボンボン!」 

 チョコレートボンボンはウォルターの好物だが、未だ成人していないということで制限されており、何かの褒美として許されるのが常だった。 

「蕩けそうな目をして」 

「どれから食べようかな。アリ様は?どれにする?」 

「そうだな・・これがいいかな」 

「じゃあ、ぼくは、これを・・・うーん!おいしい!」 

 頬に手を当て、満足そうな笑みを浮かべるウォルターに、アリスターが顔を寄せる。 

「そんなに美味しいのか。なら、味見させてくれ」 

「味見?未だ同じのあるよ?」 

「ウォルが食べたのが、美味しそうだ」 

 そう言うが早いか、アリスターはウォルターに口づけると、舌でちろちろとウォルターの唇をつついた。 

「んっ」 

 そして、ウォルターが、小さく口を開けた瞬間を逃さずその中へ侵入すると、ウォルターの舌を絡め取り、腕のなかの愛しいひとを息詰まらせるほど、強く吸い上げる。 

「んあ・・はあ・・・」 

 完全に脱力し、アリスターにすべてを委ねたウォルターは、そのまま、数粒のチョコレートボンボンをアリスターと共有するように食した。 

「ああ、本当に美味しい」 

「んん・・アリ様」 

 ひと粒食べてはアリスターと口づけ、舌を絡ませ、嚥下する。 

 そして、また・・・と繰り返したウォルターの頬は、すっかりと上気し、あえかな息を零す唇は、赤く染まって色めいている。 

「いいご褒美だったな、ウォル」 

「もう・・ありさまのばか」 

「そんな色っぽい顔で言われてもな。誘われているようにしか見えない」 

 『眦を赤く染めて睨まれても』と、膝の上で横抱きにしたウォルターを余裕の表情で愛で、戯れのように口づけを繰り返していたアリスターは、不意にぱくっとウォルターに耳を食まれ、笑い事では済まない状況に陥った。 

 
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