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しおりを挟む「トーヤ!これ運べ!」
「ya!」
ドカンと盛られたミートボールのトレイを持ち、飢えた兵士達をかき分けて配膳用の机へと運ぶ。
ジェンキンス家のホームパーティから早1週間。董哉のルーティンは変わらない、が。
「トーヤ」
「……!」
するりと手首を掴まれ、つい振り返ってしまう。董哉を捕まえた犯人のフレッドは、董哉と目が合うと優しげに目を細めた。
「待ってる」
「……っ分かったから!仕事中だから!」
離してくれと、掴まれた腕を引き寄せればアッサリと解放される。逃げるようにキッチンに戻る董哉の背後では、クスクスと笑い声がする。
董哉のルーティンは変わらないが、董哉の取り巻く環境……特にバイト中がガラッと変わった。
まず、フレッドからのボディタッチが増えた。今までは触れることはなかったのに、このようにバイトや夜食の受け渡し時にとにかく積極的に触れてくる。
同時に、とにかく話しかけてくるようになった。今までの素っ気なさは何だったのかと頭を抱えたくなるほど、フレッドから積極的に話しかけてくる。その言葉尻も1週間前ではありえない程優しい。
それらを隠しもせずにやってのけるので、当然ヘンリーを筆頭とした食堂のコックや、フレッドのチームメイトに見られた。
どうしちまったんだフレッドは。あのオメガは何をやらかしたんだ。野次や笑い声が聞こえてくるのはマシな方。稀に嫉妬を孕んだ視線や、やっかみを受けるのは心臓に悪い。
「トーヤ!Get a room(イチャイチャするな)!!」
ほら、また怒られた。
時刻は20:30。明日はフレッドが休みだということで、董哉は夜の街へと連れ出された。
手を引かれるまま連れ込まれたのは表通りのバー。とはいえ、店内は少々薄暗く、初めて体感する妖しげな雰囲気に董哉は腰が引ける。
一方連れ込んだ本人は慣れているのか、真っ直ぐにカウンター席に向かう。座ろうとした所で、振り返ったフレッドが董哉が入り口からほとんど動いていない事に気づいた。
フレッドがクイクイと指で董哉を呼ぶ。正直、帰りたい事この上なかったが、仕方なく付き合ってやることにした。
慣れない高めの椅子によじ登るように座る。すると、カウンターのマスターが不機嫌そうに声をかけた。
「おい、ここはお子様が来る場所じゃないぞ」
「あ、俺21歳」
「嘘を吐くんじゃない」
「身分証見る?」
「見なくともわかる」
一向に己の考えを曲げないマスターに焦れていると、隣のフレッドが震えているのに気づいた。どうしたのかと隣を見れば、顔を背けて、口に手を当て、小刻みに肩が揺れている。こいつ、笑ってやがる。
「フレッド」
「あー……悪いマスター。アジア人はどいつもこいつもガキに見える奴ばっかなんだよ。コイツが成人していることは俺が保証する」
「……頼むぞ」
そう言って、不服そうにマスターはフレッドの注文したウィスキーが運ばれてきた。
フレッドはウィスキーを煽りながら、ニヤニヤと董哉を見下ろした。
「それで?本当の歳は?」
「だから21だって言ってるだろ。これ以上ふざけるなら、その耳引き抜くぞ」
「ハハハ、情熱的だな」
董哉の罵倒を意に介することなく受け止めるフレッドに、大人の余裕を感じて悔しくなる。おまけに子供を扱うように、ポンポンと頭を撫でられた。まただ。
「何でボディタッチするの?」
「何だよ、嫌か?」
「わりと」
董哉が即答すると、グラスを片手で弄んでいたフレッドはグゥと唸った。
「日本人はシャイなんだよ。日本でボディタッチが多いと嫌われるぞ」
「お前以外のジャッ……パニーズなんて興味ねぇよ」
「……大体、なんで俺」
「ハロー!フレッド!」
突然、フレッドを挟んだ反対側から女性の声が聞こえた。
「ああ、アン」
「何よ、そっけないじゃない!」
フレッドがアンと呼んだらしい女性は、随分と親しげにフレッドに話しかける。董哉のことはまるで見えていないかのように。
いや、実際に見えていないかもしれない。董哉からアンの姿が見えないように、アンもフレッドが壁になって董哉が隠れてしまっているのかもしれない。そうでもないと、当てつけにも程がある。
しかし、フレッドの腕に女性の腕が絡みつくのが見えてしまい、やっぱりこれは当てつけなのではないかと思い直した。おまけに絡まれてるフレッドも振り解くどころか嫌がる態度すらしない。
ああ、またこのパターンか。フレッドに何処かに連れられると、結局董哉は放置される。振り向かせるだの何だの言っておいて、オモチャか何かと勘違いしているのかもしれない。
無性に腹が立った。どうせ元々フレッドの奢りの約束だからと注文しようとしたら、目の前に頼んでもいないオレンジジュースが置かれる。瞬いて差出人のマスターを確認したら、憐れむように目配せをされた。この人、まだ俺のこと未成年だと思ってる。
もう訂正することは諦めて、同情で注がれたオレンジジュースに口を付ける。アメリカ特有の如何にも人工的な甘ったるい味が口に広がるが、それが余計に董哉の苛立ちを助長させた。
基本的に他人にどう思われようが最終的には諦める董哉だが、フラストレーションが溜まらない訳ではない。元々口が悪いのもあって、定期的に爆発する。
良い例がフレッドの口に唐揚げを突っ込んだ件だ。日本でも兄と手足が出るレベルで喧嘩した。
それと同様の苛立ち始めを感じ、これはまずいと僅かに冷静な部分が判断しつつ、実際には砕けもしないグラスに苛立ちのまま噛みついた。
「……おい、どうした」
董哉の苛立ちにようやく気づいたフレッドが眉を寄せる。いつの間にかアンはいなくなっていた。
「俺は怒っています」
「見ればわかる。ったく、拗ねてるのか?」
「ジャップのお子様じゃあジェンキンスさんとは釣り合わないんだろ」
「おい、誰がそれを言った」
フレッドの声がワントーン低くなった事に内心驚きつつも、董哉も苛立った態度は崩さなかった。
「言わなくてもみんな思ってる。ちょっと前のフレッドだって、大笑いしながらゲロを吐くよ」
「それは…………」
図星だろう。そうだ、董哉もわざとフレッドが困る痛みを突いた。すっかり2人の空気は冷たいものになり、合間に他の客の笑い声や店内でかけられたジャズが流れている。
残ったオレンジジュースを董哉が一気飲みすると、やっとフレッドが口を開いた。
「差別のある国ってのは知ってただろ。どうしてわざわざアメリカに来た」
それは日本でもアメリカでも散々言われた言葉だった。
どうしてわざわざアメリカに、日本でいいだろう、オメガが海外なんて身の程知らずだ。
それでも董哉には夢があった。ささやかだけれど、董哉の指針を決めた出来事が。
……フレッドになら、話しても良いかと思ったのだ。
「俺のばあちゃん、アメリカ人なんだよ」
よっぽど意外だったのだろう。フレッドが微かに息を呑んだ。
「ばあちゃん、アメリカで暮らしてたから日本食を長い事食べた事なかったんだ。だから、食べてみてほしくて俺なりに作ってあげたんだ。その時のありがとうって喜ぶばあちゃんの顔が嬉しくて、もっと俺の料理食べてほしいって……」
自分ばかり喋ってしまい、気まずくなる。一度言葉を止めて、フレッドの方をチラリと見る。
「…………それだけ?」
その一言は、積もり積もった董哉のフラストレーションを爆発させるには十分だった。
「そうだよ!それだけだよ!ガキみたいな理由で悪かったな!」
それだけ吐き捨てて、椅子から降りる。フレッドは慌てて董哉の腕を掴んだ。
「No...it was just a slip of the tongue」
「who knows!」
「Clam down! Huh? My so sugar.」
「Sorry! I'm a suger kid!!(悪かったな!お砂糖みたいなお子様で!!)」
フレッドの手を払えば、腕はあっさりと解放された。本来なら董哉がフレッドに敵うはずが無いので、きっと本気で捕まえていたわけではなかった。
それが何故か余計に董哉の神経を逆撫でし、そのままフレッドを置いて店を出る。
この人なら馬鹿にしないだろうと思っていた思い出を、最悪な形で裏切られた。
祖母との思い出を1番言われたくない一言で片付けられたことが、董哉にとって何よりムカついて、何より心がジクジクと傷んだ。
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