プリンなんだから食えばわかる

てぃきん南蛮

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18(Side F)

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昨日、トーヤを怒らせた。
怒らせたのはこれで2度目だ。だが、状況が今までと違いすぎる。1番違うのは、フレッドがトーヤに対して抱えている感情だ。そも、こんな感情さえなければ今回怒らせることも、傷つけることもなかった。
だというのに、休みなのをいいことにフレッドは未練がましくトーヤの家に押しかけようとしている。
我ながら女々しいと思う。こんなストーカーまがいのこと、自分がされたらソイツを殴っている。それでも自らも引く行動を起こしているのは、トーヤが心配の一言に尽きる。
あの後無事に帰れたのか。飯は食ったか。この国にいるのに耐えきれなくなって、帰国を決意していないか。
正直、最後に関しては否が応でも止めたいが、フレッドにそんな権利はない。トーヤにとってのフレッドは何者でもないから。

トーヤの住所は知っていた。ホームパーティーの際に送り迎えをするという名目で聞き出した。本当はこういう時の為に住所を把握しておきたかったという、下心丸出しの理由だったけれど。
あの日と同じく、トーヤの住むアパートの前に車を停める。だが、あの日と違ってアパートの前でトーヤは待っていなかった。車を降りて周囲を確認するが、それらしい姿もない。
スマホを開いて、メッセージを確認する。昨日の件の謝罪と、今日トーヤの家に向かうこと。いずれのメッセージにも既読は付いていない。
昨日の怒り様ではブロックされていても仕方ない。だが、せめて顔だけでも一目見ておきたかった。
レンガ模様のマイクロアパートの203号。フレッドからすれば安いホテルサイズの狭いスペースにトーヤは住んでいる。
件の部屋の前に立ち、震える手でインターホンを押す。ピンポーンと曇った音がしたが、3分待ってもインターホンから返事はない。
縋る思いでもう一度ボタンに手を伸ばした時、ガチャ、とドアノブが回った。
先にインターホンに出ろとか、鍵を掛けろ犯罪に巻き込まれたいのかとか、言いたいことは色々あった。しかし、扉が開いた瞬間、言いたいことは全て吹き飛んだ。

むせ返る程甘ったるい香りが開いた扉の隙間から漏れ出し、瞬く間にフレッドの理性を焼き始めた。

「ヒート……!!」
その瞬間のフレッドの行動は早かった。開いた隙間から滑り込む様に室内に入り、扉を開けた本人の震える身体を受け止めつつ、後ろで扉を閉めて鍵をかける。
今この瞬間にもフレッドの理性は崩れかかっている訳だが、腕の中でシーツに包まる人物に問いかける。
「トーヤ!抑制剤は!?」
「合わない……」
「病院は!?」
「そんな金、ない……」
濡れたか細い声で返事が返ってくる。一応受け答えできるレベルの意識はあるらしい。
しかし、薬が効かないのは厄介だ。オメガ用の抑制剤なんてフレッドも持っていない。
トーヤを病院に運んだ日から、まだ3ヶ月も経っていなかったので油断していた。おそらく、以前のオーバードーズが原因でヒート周期が狂ったのだろう。
アルファのフレッドの車で病院まで連れて行くのは危険すぎる。救急車を呼ぼうとスマホに手をかけた。同時に、絶えず誘惑するフェロモンを漂わせるシーツお化けが、フレッドのシャツを小さく引いた。
「助けて……」
「あ……?あぁ、待ってろ。救急車呼ぶから」
震える手でどうにかスマホを取り出したのに、目の前のトーヤはどういう訳かフレッドの胸に擦り付けるように頭を振る。突然の接触にフレッドをビクリと身体が跳ねて、スマホを取り落としてしまう。
「フレッドが……助けてぇ…………」
その言葉と、健気に縋り付くオメガの姿に、フレッドの中枢神経が焼ける音がした。
トーヤはヒートで脳がドロドロに溶けて正気を完全に失っている。言わば酔っ払いの戯言に近い。今すぐトーヤを引き剥がして、落ちたスマホを拾えばいい。それだけなのに。
トーヤを支えたままの腕は、フレッドの意思に反して決して離すまいとシーツの塊を抱きしめていた。
「……!!Dammit!!!」
玄関に落ちたスマホはそのままに、フレッドはトーヤを抱き上げた。小さく喘ぐシーツの塊を抱えたまま部屋の中へと上がると、ベッドは歩いて5歩で見つかった。
一旦ベッドの上にトーヤを下ろし、フレッドはジーンズのポケットから小型のポーチを取り出す。そしてジーンズを下ろし、ポーチの中から震える両手でエピペン型の注射器を取り出し、剥き出しの自身の太腿にブッ刺した。
これは軍から支給された、アルファ用の即効性の抑制剤だ。フレッドも訓練しか受けておらず、実際に使うのは初めてだ。即効性とは言っても、スッと頭が冷えてオメガのフェロモンが効かなくなるわけではない。
「ふれっどぉ…………」
日本訛りの舌で子供の様にフレッドを呼ぶ声に、目の前のオメガを滅茶苦茶に抱き潰したい衝動に駆られそうになる。注射器を乱暴に引き抜き、シーツに包まるトーヤの顔を覗き込んだ。
日本人特有の幼い顔立ちは涙で泣き腫らし、痛々しい。熱に浮かされて溢れる涙をそのままに、トーヤはフレッドの姿を目に捉えると、唸りながら苦しそうに目を細めた。
「そんな顔するな、手伝ってやるから」
「ぅー……」

『間違っても、ヒート中の彼(オメガ)に手を出すんじゃないぞ』

ついこの前、歳の離れた兄に念を押された忠告を思い出す。
日本は知らないが、アメリカでは事前に同意を得ずにヒート中のオメガに性的行為を行った場合、如何なる場合でも強姦罪が適用されると定められている。
フレッドは汗で額に張り付いたトーヤの前髪を払い、湿った額に唇を落とした。
「安心しろ。絶対に最後までは手を出さない」
 
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