あなたの愛はもう要りません。

たろ

文字の大きさ
57 / 77

57話

しおりを挟む
「や、やめて!」

 継母の声だとわかった。

 誰か気がついて!

 なんとかもがこうとするのにこの手はわたくしの頭を押さえつけている。

「殺しますか?」

 男の人の声がする。

「あ……人が戻ってきたわ。助けたフリをして連れて行くわ」

 私は池から助け出された。そして男は私を抱えてどこかへ連れて行こうとした。

「た、たす………」

 叫ぼうとしたら口を継母に塞がれた。

 男は助け出して急いで医務室へ運ぶと友人に伝えた。

「あ、じゃあ、私も……」

 友人が慌てて着いてこようとするのを男は「先に行く」と走り出した。

 私は継母の手から逃れ声を出そうとしたが「ゴホッゴホッ」と咽せてしまい言葉にならない。

 この男は医務室に行くのではなく私を連れ攫おうとしているの!

 何も言えない私は心の中で助けて!と叫ぶしかなかった。

 でも友人は助け出された私を見てホッとしたのか、そばにいた助けを求めた男子生徒にお礼を言ってそれから少しして医務室へと向かったようだ。

 その時私はもちろん医務室にはいなかった。

 継母が用意していた馬車に乗せられた。

 全身ずぶ濡れで体が震える。

「ちっ、汚いな。馬車が濡れてしまうし池の水が臭くてかなわないな」

 男は嫌な顔をしたまま私の手を縄で縛る。

 継母は「ビアンカったらずっと護衛がついていてなかなか隙がなくて困ったのよ」と困った顔をして嗤った。

「ど、どうして…ずっと私は……貴女に…狙われないと…いけないの…ですか?」

 息が整わずまだ苦しい。だけどどうしても訊いてみたかった。

「どうして?貴女のせいで公爵家は潰れそうなの。お父様は捕まったしわたくしも国を追われ逃げてきたのよ?ふふふっ。お金だけはしっかり隠しておいたから、これからの人生は心配ないし、あとは貴女の幸せをわたくしの手で握りつぶすことしか楽しみがないの」

「……意味が……わからない」

「夫はね、わたくしを愛しているフリをして貴女を邪険に扱い、わたくしの目を逸らしたの。夫が愛しているのはアーシャで娘のビアンカのことも大切に思っていると知った時、わたくしの憎しみは全て貴女へと向かったの。愛していたのに、ずっとずっと愛していたの。やっと彼と結ばれて幸せになれると思っていたのに、目の前には憎っくきアーシャと同じ顔の娘がいるのよ?耐えられるわけがないわ」

 両手で自分の体を抱きしめる継母。
 そして私を汚い物でも見るかのように見つめた。

「クーパー侯爵家に嫁いでいなくなって気分がスッキリすると思ったのに、貴女がいなくなってとても寂しくなったの」

 ニヤリと嗤う継母の笑顔がとても怖かった。

「だって、わたくしを見てビクビクするあの姿がみられなくなったのよ?鞭を打つ相手がいないって寂しいわ。いくら使用人を叩いても満足しないの。やっぱり貴女ではなくては、ね?」

 そう言うと馬車の中なのに鞭を持って私を見つめた。

 男に「邪魔だから少し端に寄ってて」と言うといつもより短めで小さな鞭を私の太腿へバシンっと打った。

 濡れた制服が体に張り付いたまま鞭が何度も打たれた。

 声を出せばさらに興奮して強く打たれるのはわかっている。だから食いしばって声は出さない。

「ねぇ?今までは夫に見つからないように見えないところしか打っていなかったけど、もう貴女は逃げられないし、これからはどこを鞭で叩いてもいいのよ?」

 ああ、この人は狂っている。

 まさか安全な学校にまで忍び込んできて私を害そうとするとは。

 周囲から継母のことは言われていたし自分自身も外出する時は警戒していた。

 でも学校の中は安全だからと護衛はついていない。

 校門の前には警備員もいるし先生方もいる。常にたくさんの生徒がいて、巡回している警備員もいる。

 なのに……安心して過ごしていた学校でまさか攫われてしまうなんて……

 痛みと寒さの中……必死で声を出さずに歯を食いしばるしかなかった。

 フェリックス、お祖母様……オリエ様……誰か助けて……冷たい服が体温を奪っていく……痛みが全身を駆け抜ける。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

戦場からお持ち帰りなんですか?

satomi
恋愛
幼馴染だったけど結婚してすぐの新婚!ってときに彼・ベンは徴兵されて戦場に行ってしまいました。戦争が終わったと聞いたので、毎日ご馳走を作って私エミーは彼を待っていました。 1週間が経ち、彼は帰ってきました。彼の隣に女性を連れて…。曰く、困っている所を拾って連れてきた です。 私の結婚生活はうまくいくのかな?

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

あなたが捨てた花冠と后の愛

小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。 順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。 そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。 リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。 そのためにリリィが取った行動とは何なのか。 リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。 2人の未来はいかに···

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

処理中です...