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第2話 白い契約、その先にある自由計画
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翌朝。
昨夜の“地獄のフラグ回避”から一夜明けたセリーヌは、ベッドの上で両手を天井に伸ばしながら、静かに深呼吸した。
「……生き延びた……」
それは、まさに命拾いというやつだった。精神的に。物理的にも。
結婚式を終え、自分を写した鏡を見て“転生の記憶”が蘇り、“白い初夜”を宣言を受け倒れる――という波乱の夜を経て、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ひとつの結論に辿り着いていた。
(この状況、ある意味“安全”は確保された。でも……三年間、この屋敷でライナルト様と顔合わせながら共同生活? いや無理無理無理。貞操の危機は継続中だし、何より……)
ソファに座りなおして、目を細めた。
(――無駄に美形。昨夜、気持ちが飛んでいったにしても、かつて愛していた相手と三年間も暮らせって? それって、なし崩しに的に関係を迫られたら、逃げられないパターン)
だったら、最初から“別居”した方が効率的じゃないかしら?
慰謝料という名目で生活基盤をもらい、自由な生活を手に入れ、その間に自立の道を探す。
3年後には晴れて離縁し、屋敷もそのまま譲り受けて、悠々自適なシングルライフ――
(完璧だ。ノーリスク・ハイリターン。これぞ現代知識×貴族社会の融合による、最強の戦略)
手元のベルを軽やかに鳴らす。
「ミレイユ、ちょっとお願いがあるの。ライナルト様に面会のお願いをしてもらえるかしら。お話したいことがあって」
専属侍女のミレイユは「かしこまりました」と微笑みながら深く頭を下げ、すぐに退出していった。
しばらくして、面会の許可が下りたという知らせが届く。
その間に、セリーヌはささっと身支度を整えた。
きちんとした清楚なワンピースに身を包み、髪は軽くまとめて。表情も控えめながら、しっかりと芯のあるものへ。
(見せつけるのは“決意”。可憐な花嫁ごっこは、昨夜で終わり)
執務室の扉をノックし、ライナルトの「どうぞ」という声を確認してから、静かに扉を開けた。
「ライナルト様。昨日は……見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、セリーヌは深々と頭を下げた。
驚いたように立ち上がったライナルトは、すぐに彼女の前に歩み寄り、困ったように目を伏せた。
「いや……俺の方こそ謝らなくてはならない。昨日のことは……無神経だった。結婚式の直後に、あんな話をするなんて……」
(よし、掴みはOK)
セリーヌは内心ガッツポーズを決めながら、話を本題へと切り出す。
「ライナルト様。私たちは教会で婚姻の誓いを立てました。ですが……“三年間の白い結婚”というのが前提であるなら、できれば――この期間、別居させていただきたいのです」
ライナルトの目が一瞬だけ見開かれる。
「……別居?」
「はい。三年という長い時間を一つ屋根の下で過ごせば、互いに情も移りましょう。それでは本末転倒ですし、いずれ別れることが決まっているのであれば、今のうちから距離を取った方がよろしいかと」
ぴしゃりと決まりすぎているほどの論理的提案に、ライナルトの眉が少し動く。
「なるほど……それで?」
「慰謝料を“先払い”という形にしていただきたいのです。別居先の家と、生活費も。もちろん、静かに、慎ましく暮らしますわ」
少し黙ったあと、ライナルトは息を吐いた。
「……いきなりは難しいが、準備が整い次第、別居先を用意しよう」
セリーヌの頬がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ……なる早でお願いいたしますね」
「……なる早?」
「今流行りの“ご令嬢語”ですわ。“なるべく早く”って意味でございます」
とびきりの笑みでそう言い放つセリーヌに、ライナルトは思わず「ほう」と呟いた。
彼女が去ったあと、執務室に残されたのは、呆然とした主と、困惑気味の侍従だった。
「……ライナルト様。なぜセリーヌ様に白い結婚を提案されたのです?お二人は婚約期間中、なかなかお時間が合わず、少ない交流でしたが、上手くやれていると信じてました。なのに何故…」
アイザックが困惑気味に呟く。
ライナルトは腕を組み、静かに天井を仰いだ。
「いゃ。俺は、彼女の想いが、成就すれば良いと、俺への気持ちを断ち切ったんだが、こうもあっさりされるとな…」
後悔が、言葉の端に滲む。
「セリーヌ様の想いとは…?」
「いゃ、今はまだ話せない…」
ライナルトが何か誤解をしているのでは、とアイザックは不安を感じた。だが、もう取り返しはつかない。セリーヌはもう切り替えたのだから。
昨夜の“地獄のフラグ回避”から一夜明けたセリーヌは、ベッドの上で両手を天井に伸ばしながら、静かに深呼吸した。
「……生き延びた……」
それは、まさに命拾いというやつだった。精神的に。物理的にも。
結婚式を終え、自分を写した鏡を見て“転生の記憶”が蘇り、“白い初夜”を宣言を受け倒れる――という波乱の夜を経て、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ひとつの結論に辿り着いていた。
(この状況、ある意味“安全”は確保された。でも……三年間、この屋敷でライナルト様と顔合わせながら共同生活? いや無理無理無理。貞操の危機は継続中だし、何より……)
ソファに座りなおして、目を細めた。
(――無駄に美形。昨夜、気持ちが飛んでいったにしても、かつて愛していた相手と三年間も暮らせって? それって、なし崩しに的に関係を迫られたら、逃げられないパターン)
だったら、最初から“別居”した方が効率的じゃないかしら?
慰謝料という名目で生活基盤をもらい、自由な生活を手に入れ、その間に自立の道を探す。
3年後には晴れて離縁し、屋敷もそのまま譲り受けて、悠々自適なシングルライフ――
(完璧だ。ノーリスク・ハイリターン。これぞ現代知識×貴族社会の融合による、最強の戦略)
手元のベルを軽やかに鳴らす。
「ミレイユ、ちょっとお願いがあるの。ライナルト様に面会のお願いをしてもらえるかしら。お話したいことがあって」
専属侍女のミレイユは「かしこまりました」と微笑みながら深く頭を下げ、すぐに退出していった。
しばらくして、面会の許可が下りたという知らせが届く。
その間に、セリーヌはささっと身支度を整えた。
きちんとした清楚なワンピースに身を包み、髪は軽くまとめて。表情も控えめながら、しっかりと芯のあるものへ。
(見せつけるのは“決意”。可憐な花嫁ごっこは、昨夜で終わり)
執務室の扉をノックし、ライナルトの「どうぞ」という声を確認してから、静かに扉を開けた。
「ライナルト様。昨日は……見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、セリーヌは深々と頭を下げた。
驚いたように立ち上がったライナルトは、すぐに彼女の前に歩み寄り、困ったように目を伏せた。
「いや……俺の方こそ謝らなくてはならない。昨日のことは……無神経だった。結婚式の直後に、あんな話をするなんて……」
(よし、掴みはOK)
セリーヌは内心ガッツポーズを決めながら、話を本題へと切り出す。
「ライナルト様。私たちは教会で婚姻の誓いを立てました。ですが……“三年間の白い結婚”というのが前提であるなら、できれば――この期間、別居させていただきたいのです」
ライナルトの目が一瞬だけ見開かれる。
「……別居?」
「はい。三年という長い時間を一つ屋根の下で過ごせば、互いに情も移りましょう。それでは本末転倒ですし、いずれ別れることが決まっているのであれば、今のうちから距離を取った方がよろしいかと」
ぴしゃりと決まりすぎているほどの論理的提案に、ライナルトの眉が少し動く。
「なるほど……それで?」
「慰謝料を“先払い”という形にしていただきたいのです。別居先の家と、生活費も。もちろん、静かに、慎ましく暮らしますわ」
少し黙ったあと、ライナルトは息を吐いた。
「……いきなりは難しいが、準備が整い次第、別居先を用意しよう」
セリーヌの頬がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ……なる早でお願いいたしますね」
「……なる早?」
「今流行りの“ご令嬢語”ですわ。“なるべく早く”って意味でございます」
とびきりの笑みでそう言い放つセリーヌに、ライナルトは思わず「ほう」と呟いた。
彼女が去ったあと、執務室に残されたのは、呆然とした主と、困惑気味の侍従だった。
「……ライナルト様。なぜセリーヌ様に白い結婚を提案されたのです?お二人は婚約期間中、なかなかお時間が合わず、少ない交流でしたが、上手くやれていると信じてました。なのに何故…」
アイザックが困惑気味に呟く。
ライナルトは腕を組み、静かに天井を仰いだ。
「いゃ。俺は、彼女の想いが、成就すれば良いと、俺への気持ちを断ち切ったんだが、こうもあっさりされるとな…」
後悔が、言葉の端に滲む。
「セリーヌ様の想いとは…?」
「いゃ、今はまだ話せない…」
ライナルトが何か誤解をしているのでは、とアイザックは不安を感じた。だが、もう取り返しはつかない。セリーヌはもう切り替えたのだから。
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2025.9.9追記
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