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第17話 君に触れる、その世界で
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目覚めたとき、ライナルトはなぜか屋敷の自室にいた。
昨夜、《夜行蝶》で飲んだ後、どうやって帰ったのか……記憶が曖昧だ。
頭を軽く振って立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。
手慣れた動作で騎士団の制服を身に纏いながら、ふと首を傾げる。
――昨夜の服は、誰が着替えさせた?
その問いに答える者はいない。
ただ、どこか現実味のない違和感が、心の隅をくすぶっていた。
それでもセリーヌがいない世界は、酷く色褪せて感じられ、
朝の光すら、どこか遠くぼやけて見えた。
「アイザック、今日は朝食はいらない。」
淡々と告げて、屋敷を後にする。
***
騎士団詰所へ向かうと、訓練場には見覚えのある後ろ姿があった。
鋭い背筋、精悍な輪郭――かつての団長、ジークだった。
「……ジーク元団長? 今日は、何のご用件で?」
そう尋ねた瞬間、相手の表情が不機嫌に歪んだ。
「はあ? 元団長だと? いい度胸してるな、ライナルト。
偉そうに“団長気取り”か? いいだろう、相手してやる。ここに来い!」
怒りのテンションがMAXなその態度に、ライナルトは目を瞬かせたが、すぐに悟る。
――ああ、最近の自分はそれほど情けなく見えていたのか。
自嘲めいた微笑を浮かべながら、素直に後に続いた。
----
訓練場に到着するや否や、剣戟の音が激しく響き出す。
ジークの刃が、容赦なく振り下ろされる。
ライナルトは応戦しながら、次第に“身体が軽い”ことに気づいた。
動きが……冴えている。感覚が、まるで若返ったようだ。
激しい攻防が続き、汗が飛び散り、土が舞い上がる。
その戦いに引き寄せられるように、周囲でも訓練が始まり、いつしか訓練場は活気に満ちていた。
そして――
「勝った……!」
ジークの剣を打ち払い、ライナルトは息を切らせながら地面に倒れ込んだ。
空を仰ぎ、冷たい風が頬を撫でる。
心地よい疲労感に身を沈めていると、ふと、誰かの声が耳に届いた。
「セリーヌ嬢、今日も副団長の応援ですか?」
その言葉に、心臓が一瞬止まりそうになる。
冗談だ。
……もしくは、疲労と酔いの残りが幻聴を見せているのだろう。
そう思って、ゆっくりと身体を起こす。
いつもの癖で、訓練観覧席の方へ視線を向けると――
……そこに、セリーヌがいた。
まるで春の日差しのような笑顔で、手を振っている。
風に揺れる栗色の髪。制服のリボン。あまりに自然なその姿に、ライナルトは声を失った。
「……セ、セリーヌ……か?」
立ち上がるよりも早く、身体が勝手に走り出していた。
駆け寄り、呼吸を整える暇もなく、彼女のすぐ目の前に立つ。
「はい? どうされました、ライナルト様?」
「……セリーヌ……本当に、セリーヌなのか?」
「はい、わたくしですが……?」
「……抱き締めても、いいか?」
問いかけると、セリーヌの頬がみるみる赤く染まり、小さく頷いた。
ライナルトは観覧席に駆け上がり、そっと、彼女を抱きしめた。
その体温が、確かにそこにあった。
鼓動も、震えも、呼吸のリズムも――全部、生きている。
「セリーヌ……今、何歳だ?」
「え……? もうすぐ十五歳になりますわ。」
「……今日は、いつだ?」
「ハイランド国暦681年、6月15日です。」
――681年。
(副団長のまま……そうか。まだ団長になる前なんだ、俺は)
懐かしい、けれど確かに感じる現在。
目の前にいる彼女は、確かに過去にいたセリーヌそのものだった。
「ライナルト様……そろそろ、お離し下さいませ……。は、恥ずかしいです……。」
真っ赤な顔でそう言うセリーヌは、彼のシャツの裾をぎゅっと握ったまま、
うるんだ瞳で見上げてくる。
その仕草に、心が一瞬で奪われる。
過去の自分は……なぜ、この彼女を大切にしなかったのか。
何を見て、何を迷って、何を手放したのか。
思わず自分を殴りたくなるほどの、後悔が押し寄せてくる。
「セリーヌ……今日は、この後、予定は?」
「王立図書館で、試験勉強をしてから帰りますの。」
「そうか。なら……帰りは一緒に、久しぶりに歩かないか?」
「フフフ、どうされたのです? 急に優しいなんて。」
「……セリーヌと共にいる時間を、これからは大切にしようと思ってな。」
「わたくしは嬉しいですわ。でも、無理はなさらずに……では、お時間に寄りますわね。」
ぱっと花のように笑って、セリーヌは手を振って歩き出す。
その後ろ姿を、ライナルトはいつまでも目で追っていた。
生きている。
笑ってくれる。
自分の名前を呼んでくれる。
ただ、それだけで……涙が出そうだった。
そのとき、背後から声が飛んできた。
「どうした? 心、入れ替えたか?」
振り返れば、ジークがにやにやと笑いながら立っていた。
「……はい。
一つひとつの時間を、大切にしようと思いました。
失ってから後悔するのは、もう……嫌なので。」
ジークは大きく頷き、少年のような笑みを浮かべた。
「気づけて良かったな。
なんせ、あんな良い女、そうはいない。しかも――お前にベタ惚れだ。」
そう言って、ライナルトの頭をガシガシと乱暴に撫でた。
ライナルトはその言葉を、胸の奥深くに刻んだ。
――今度こそ、手放さない。
昨夜、《夜行蝶》で飲んだ後、どうやって帰ったのか……記憶が曖昧だ。
頭を軽く振って立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。
手慣れた動作で騎士団の制服を身に纏いながら、ふと首を傾げる。
――昨夜の服は、誰が着替えさせた?
その問いに答える者はいない。
ただ、どこか現実味のない違和感が、心の隅をくすぶっていた。
それでもセリーヌがいない世界は、酷く色褪せて感じられ、
朝の光すら、どこか遠くぼやけて見えた。
「アイザック、今日は朝食はいらない。」
淡々と告げて、屋敷を後にする。
***
騎士団詰所へ向かうと、訓練場には見覚えのある後ろ姿があった。
鋭い背筋、精悍な輪郭――かつての団長、ジークだった。
「……ジーク元団長? 今日は、何のご用件で?」
そう尋ねた瞬間、相手の表情が不機嫌に歪んだ。
「はあ? 元団長だと? いい度胸してるな、ライナルト。
偉そうに“団長気取り”か? いいだろう、相手してやる。ここに来い!」
怒りのテンションがMAXなその態度に、ライナルトは目を瞬かせたが、すぐに悟る。
――ああ、最近の自分はそれほど情けなく見えていたのか。
自嘲めいた微笑を浮かべながら、素直に後に続いた。
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訓練場に到着するや否や、剣戟の音が激しく響き出す。
ジークの刃が、容赦なく振り下ろされる。
ライナルトは応戦しながら、次第に“身体が軽い”ことに気づいた。
動きが……冴えている。感覚が、まるで若返ったようだ。
激しい攻防が続き、汗が飛び散り、土が舞い上がる。
その戦いに引き寄せられるように、周囲でも訓練が始まり、いつしか訓練場は活気に満ちていた。
そして――
「勝った……!」
ジークの剣を打ち払い、ライナルトは息を切らせながら地面に倒れ込んだ。
空を仰ぎ、冷たい風が頬を撫でる。
心地よい疲労感に身を沈めていると、ふと、誰かの声が耳に届いた。
「セリーヌ嬢、今日も副団長の応援ですか?」
その言葉に、心臓が一瞬止まりそうになる。
冗談だ。
……もしくは、疲労と酔いの残りが幻聴を見せているのだろう。
そう思って、ゆっくりと身体を起こす。
いつもの癖で、訓練観覧席の方へ視線を向けると――
……そこに、セリーヌがいた。
まるで春の日差しのような笑顔で、手を振っている。
風に揺れる栗色の髪。制服のリボン。あまりに自然なその姿に、ライナルトは声を失った。
「……セ、セリーヌ……か?」
立ち上がるよりも早く、身体が勝手に走り出していた。
駆け寄り、呼吸を整える暇もなく、彼女のすぐ目の前に立つ。
「はい? どうされました、ライナルト様?」
「……セリーヌ……本当に、セリーヌなのか?」
「はい、わたくしですが……?」
「……抱き締めても、いいか?」
問いかけると、セリーヌの頬がみるみる赤く染まり、小さく頷いた。
ライナルトは観覧席に駆け上がり、そっと、彼女を抱きしめた。
その体温が、確かにそこにあった。
鼓動も、震えも、呼吸のリズムも――全部、生きている。
「セリーヌ……今、何歳だ?」
「え……? もうすぐ十五歳になりますわ。」
「……今日は、いつだ?」
「ハイランド国暦681年、6月15日です。」
――681年。
(副団長のまま……そうか。まだ団長になる前なんだ、俺は)
懐かしい、けれど確かに感じる現在。
目の前にいる彼女は、確かに過去にいたセリーヌそのものだった。
「ライナルト様……そろそろ、お離し下さいませ……。は、恥ずかしいです……。」
真っ赤な顔でそう言うセリーヌは、彼のシャツの裾をぎゅっと握ったまま、
うるんだ瞳で見上げてくる。
その仕草に、心が一瞬で奪われる。
過去の自分は……なぜ、この彼女を大切にしなかったのか。
何を見て、何を迷って、何を手放したのか。
思わず自分を殴りたくなるほどの、後悔が押し寄せてくる。
「セリーヌ……今日は、この後、予定は?」
「王立図書館で、試験勉強をしてから帰りますの。」
「そうか。なら……帰りは一緒に、久しぶりに歩かないか?」
「フフフ、どうされたのです? 急に優しいなんて。」
「……セリーヌと共にいる時間を、これからは大切にしようと思ってな。」
「わたくしは嬉しいですわ。でも、無理はなさらずに……では、お時間に寄りますわね。」
ぱっと花のように笑って、セリーヌは手を振って歩き出す。
その後ろ姿を、ライナルトはいつまでも目で追っていた。
生きている。
笑ってくれる。
自分の名前を呼んでくれる。
ただ、それだけで……涙が出そうだった。
そのとき、背後から声が飛んできた。
「どうした? 心、入れ替えたか?」
振り返れば、ジークがにやにやと笑いながら立っていた。
「……はい。
一つひとつの時間を、大切にしようと思いました。
失ってから後悔するのは、もう……嫌なので。」
ジークは大きく頷き、少年のような笑みを浮かべた。
「気づけて良かったな。
なんせ、あんな良い女、そうはいない。しかも――お前にベタ惚れだ。」
そう言って、ライナルトの頭をガシガシと乱暴に撫でた。
ライナルトはその言葉を、胸の奥深くに刻んだ。
――今度こそ、手放さない。
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