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28 僕のパートナー
しおりを挟む個人情報漏洩の件は、神崎さんの迅速な対応のおかげで、騒ぎは静かに幕を閉じた。
今は人気プロ野球選手の結婚報道で、世間はめでたいニュース一色。
そんな中、私たちも、少しだけ自分たちの“めでたい日”を迎えていた。
今日は神崎さんとお付き合いをしてから、初めてのデートだ。
土曜はいつも、家で映画を観てまったり過ごしていたけれど、今日は昼間からのお出かけ。
目的地は、神崎さんの仕事関係で招待された美術館の特別展である。
「楽しみすぎて、早く来すぎちゃった」
待ち合わせ時間より、三十分も早く着いた駅前で、胸の鼓動が止まらなかった。
数分後。
スーツではなく、淡いグレーのニットを身にまとった神崎さんが現れる。
柔らかな服装なのに、背筋の伸びた姿勢が不思議と絵になっていた。
周囲の人たちが自然と彼に目を向ける。
とくに、女性たちの視線を集めていた。
(こんな素敵な人が、私の恋人……)
私を見つけると、神崎さんはわずかに駆け足になった。
その仕草が嬉しくて、胸がぎゅっとなる。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「い、いえ、今来たところです」
定番のセリフを口にしながらも、頬が熱い。
「そのワンピース、広瀬さんの雰囲気にすごく似合ってますね。素敵です」
神崎さんが目尻をやわらげて笑う。
――やっぱり気づいてくれた。
どんな小さな変化にも気づいてくれる。
私のことを、ちゃんと見てくれる人だ。
(そういえば、倫太郎に褒められたことなんて、一度もなかったな……)
悲しい過去を思い出しても、もう胸は痛まない。
私の隣には、神崎さんがいる。
それだけで、充分だった。
「ありがとうございますっ。神崎さんも素敵です。……いつも、ですけど」
照れながら言うと、神崎さんの手が伸びて、私の耳元に触れる。
「この花のピアスも可愛いですね」
「~~っ!」
(ひゃああ……っ。心臓がもたないよ……)
思わず、心の中で悲鳴を上げる。
恋人にだけ見せるその柔らかな笑みは、反則だと思う。
耳たぶまで熱くなるのを感じながら、私はただうつむくしかなかった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はいっ」
自然と歩幅を合わせてくれる彼の隣を歩く。
向かう先は、美術館。
神崎さんの取引先であるジュエリーブランドが主催する、特別展だった。
“光と宝石”をテーマにしたその展示は、SNSでも話題を呼んでいるという。
「神崎さん! お忙しいのに、お越しくださってありがとうございます!」
館内に入るなり、スーツ姿の女性スタッフが駆け寄ってくる。
神崎さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈を返した。
「とても素敵な企画だと伺っていたので。今日はゆっくり拝見させてください。――ああ、彼女は僕のパートナーの広瀬紬さんです」
その一言で、空気がわずかに揺れた。
“パートナー”――恋人、よりも少し深い響き。
スタッフの女性は一瞬だけ目を瞬かせ、それから微笑んだ。
「まあ……! ようやく紹介してくださったんですね」
神崎さんは少し照れたように、けれど真っ直ぐに応じた。
「そうですね。彼女には、いつも助けられてばかりで……。これからは、こういう機会にも、一緒に過ごしてもらいたいと思っています」
――助けられてばかり。
その言葉の響きに、胸がじんと温かくなる。
神崎さんの隣で、私は顔が熱くなるのを誤魔化すように、小さく会釈をした。
「広瀬紬です。今日は素敵な催しにご招待いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。神崎さんが女性をお連れになるなんて珍しいです。皆さん、きっと驚きますよ」
周囲にいた社員たちも、どこか温かな表情で私たちを見つめていた。
挨拶を交わすたびに、「どうぞ末永くよろしくお願いしますね」と冗談めかした言葉まで飛び出す。
その空気の中で、ふと悟る。
――神崎さんは、私を“恋人”ではなく、“これからの人生を共に歩む人”として紹介してくれたのだ。
頬が熱くなるのを感じながらも、自然と背筋が伸びていた。
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