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54 プロが踊らされる結末 《姫奈side》
しおりを挟むリンくんの話を利用して、神崎利仁との接点を作ろうと会社近くまで足を運んだ。
でも、近づこうとするたびに、彫像のように無機質なボディーガードたちが視線ひとつで牽制してくる。
受付の女性たちも、にこりと笑っては「アポを取ってから来てください」と同じ台詞を繰り返すだけ。
(なんでよ……私はファンなんかじゃなくて、特別な理由があって来てるのに)
仕方なく出待ちをする。
だんだん苛立ちが滲んできた頃、不意に後ろから声を掛けられた。
「何かお困りですか?」
振り向くと、茶髪のチャラそうな若い男が立っていた。
どこかで見覚えがある顔。
でも、すぐに思い出せなかった。
「もしかして、西橋に会いに来た?」
「…………えっ、」
誰もが私を“神崎利仁の追っかけ”だと勘違いする中、唐突にリンくんの名前を出され、胸が跳ねた。
「君、姫奈ちゃんだよね」
男が声をひそめる。
顔を寄せられ、記憶が戻った。
(リンくんの友達……! 一緒に飲みに来てた人だ)
指名客じゃないせいで記憶の隅に追いやっていた。
リンくんの友達ならと、安心して事情を話すことにした。
「リンくんの処遇について、納得いかなくて……」
「へぇ? あの話、聞いてるんだ。でも、解雇されなかっただけ、寛大な対応だったと思うけど?」
「えっ!? なんで部下のミスなのに、リンくんが解雇されなきゃいけないの!?」
当然のように言った瞬間――男の眉がぴくりと跳ねた。
「…………部下ぁ?」
男が腹を抱えて笑い出す。
「後輩ならいるけど、アイツに“部下”なんかいるわけねぇじゃん」
「ッ!!」
……リンくんに嘘をつかれていた?
私にだけは特別に“仕事の愚痴”を話してくれてたんじゃないの?
あれだけ私に夢中だったのに。
嘘をつかれたショックに、呆然とする。
「あー、おもしろ。嘘ついて客から金巻き上げてるプロのあんたが、西橋の嘘にまんまと踊らされてるって、最高すぎ」
「~~ッ!!」
「アイツ、マジで天才詐欺師だわ」
ゲラゲラと笑い、男は「同期に話してくるわ」と背を向けた。
(なんで……なんで私が馬鹿にされなきゃいけないのよっ!! 全部! 全部、リンくんが嘘ついてたせいじゃん!!)
くだらない嘘をついたリンくんにも腹が立つけど、あの男の嘲り笑う顔がこびりついて離れない。
イライラしたまま夜の仕事へ行き、酒を飲んで紛らわしたものの、翌朝は当然のように二日酔い。
昼職へ病欠の連絡を入れると、いつも優しい先輩の織田さんに、深いため息とともに「またですか……」と言われてしまった。
「病欠なら、次から病院の診断書を持ってきてもらえますか?」
「…………え?」
大丈夫? 何かあったら相談に乗るから……と優しく声をかけてくれていたのに。
今まで言われたことのない冷たい口調だった。
「山寺さんが遅刻や欠勤ばかりするせいで、他の人に負担がかかっていること……わかってますか?」
「っ……でも、先週から、本当に体調が悪くて――」
「それ、嘘だよね? SNSに載ってたよ」
なにが、と言われなくてもドキッとする。
(もしかして、キャバやってることが、バレた……?)
昼職の時はナチュラルメイクで、服装だってシンプルなスーツ。
夜の女だとバレないようにしていたのに。
ヒヤリとした汗が背を流れる。
「神崎グループの取締役の人に、ストーカーみたいなことしてるんだって? 会社にクレームが入ってる」
「…………へ?」
あまりに予想外で声が裏返った。
「そんな……してません! 私そんなこと――」
「でも、クリスマスツリーの点灯式に行ってたでしょう。会社休んだ日に。写真、見たよ」
「っ、」
ストーカーなんかじゃない。
そう声を大にして言いたかったけど、点灯式を見に行ったのは事実。
証拠写真をおさえられているなら、嘘はつけない。
なんて答えようか、頭をフル回転させていると、織田さんがまたため息を吐く。
「でも、遅かれ早かれ、処分は避けられないと思う。うちの会社、副業禁止だから」
「っ……」
夜職の方もバレている。
そう察知し、心臓がバクバクと暴れ出す。
「とりあえず、今日は病欠ってことで報告しておくけど……もうみんな、わかってるよ? あなたが嘘をついてるって」
「っ、」
「それじゃあ、お大事に」
プーッ、プーッ、と切断音だけが耳に残った。
その瞬間、頭がカッと熱くなる。
机の上のものを手当たり次第に床へ投げつけた。
ガシャーン、とコップが砕け散っても怒りはおさまらない。
「もういいっ! 夜の仕事の方が稼げるし! あんな会社、こっちから辞めてやる!!」
一身上の都合で退職します、とメールを送りつける。
これで晴れて、夜一本で生きていける。
そう意気込んで出勤を増やす。
――でも、現実は残酷だった。
売り上げは伸びない。
新規指名も取れない。
昔からの客にまで、『昼職も頑張ってた姫奈ちゃんが好きだったのに……夜に染まっちゃったね』と寂しげに言われ、それっきり来なくなった。
胸がチクリと痛む。
でも、その言葉の意味を理解したくなくて、心の奥に押し込めた。
「……なんで? おかしいよ。なんで全然うまくいかないの……」
追い討ちをかけるように、ネットで私の名前で検索すると、『神崎利仁のストーカーのひとり』として、顔写真とともに心ない言葉が並ぶ。
『有名人に群がる女』
『勘違いしすぎ』
『どこにでもいるような整形顔』
『神崎さん、逃げて~!』
呼吸が荒くなり、視界が滲む。
「……っ、もうイヤッ!!!!」
スマホを床に投げつけ、ベッドへ崩れ落ちた。
私が失ったのは、仕事でも人でもなく、“信用”。
それだけは、嘘では取り戻せない。
ようやくそのことを思い知ったとき、私の周りには誰もいなくなっていた――。
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