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55 典型的なクズ 《倫太郎side》
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それに加えて、日頃の金まわりのだらしなさが問題視され、本社から地方支社への異動辞令が下ったのは、つい先週のことだ。
(左遷されたからって、地方勤務の奴らなんかに舐められるわけにはいかない)
そう自分を奮い立たせるように、俺は“準備”にだけは念を入れた。
オーダーメイドのスーツ。
右腕には五百万の腕時計。
髪はいつも指名しているカリスマ美容師に整えてもらい、爪も光沢が出るまで磨き上げた。
鏡に映る、全身ハイブランドで固めた俺は、どこからどう見ても出世コースの勝ち組だ。
(格の違いを見せつけてやる)
そう思いながら地方支社の扉を開いた瞬間。
俺の胸の中で、なにかが静かに凍りつく。
「今日から配属になった、西橋くんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
主任の萱野さんがそう言うと、室内の五人の男たちがこちらを振り向いた。
定年間近と思われる彼らは、一枚千円もしなさそうなヨレたシャツを身につけ、疲れた目でこちらを見る。
ただ、それはほんの一瞬だった。
すぐに視線は逸らされ、まるで“見なかったことにする”かのように黙り込む。
(……は?)
俺だけが、場違いなほどに浮いている。
空気の色が違う場所に放り出されたような感覚に、背筋がぞわりとした。
それでも、今日からここが俺の居場所だ。
他に行くところもないため、俺はすごすごと空いている席に腰を下ろした。
すると、隣の席のおじさんのぼそぼそとつぶやく声が聞こえてくる。
「なんて書いてあるんだ? 字が小さすぎて読めん……」
老眼なのか、書類を目の前に掲げたまま、目を擦り続けるおじさん。
転記ひとつ進まないその姿を見ているだけで、日が暮れそうだ。
(こんな連中と同じ職場とか、冗談だろ……?)
他の人たちも似たようなレベル。
この中で一番能力があるのは、俺以外にありえない。
だが、本社でのミスと素行不良が知れ渡っているのか、俺に責任のある仕事は回ってこなかった。
期待も、頼られる気配も、まるでない。
もし頑張ったとしても、評価されることのない世界だった。
そんな現実に追い打ちをかけるように、あることに気づく。
「女性社員がひとりもいない職場に左遷って、俺への当てつけか……?」
思わず口の中でつぶやいた瞬間、脳裏に神崎さんの微笑が浮かんだ。
もちろん、あの人の目はまったく笑っていなかったが。
友達になれそうな年齢の社員もいない。
話題も合わない。
未来も感じない。
昼休みが終わる頃には、俺の胸に残っていた“都会の勝ち組”としての誇りは、跡形もなく崩れていた――。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、俺はため息をつきながら、寂れた繁華街へ足を向けた。
「こんなところでも、あるんだな」
ふと目に入ったキャバクラの看板は、都会のような派手さこそないが、どこか無理して煌びやかさを演出している安っぽいLEDライトが瞬いていた。
狭いエントランスを抜けると、ポップスが流れる店内から女の笑い声が漏れてくる。
「いらっしゃいませ」
店に入ってすぐ、俺は違和感をおぼえた。
都会の高級店にあるような洗練さはどこにもない。
地元の誰かが“都会のキャバクラ”を手本に、背伸びして作り上げたような店だった。
(まぁ……息抜きには丁度いいか)
店もキャストも、今まで通っていた店とは比べものにならないほど“レベルが低い”。
けれど、地方では容姿よりも“親しみやすさ”が人気らしい。
彼女たちの笑顔は素朴で、飾り気がない。
俺の好みではない。
ただし──
「こんなにかっこいい人、初めて見たっ!!」
「芸能人みたいだよね! しかも優しいし……」
心の底から驚いている声だった。
営業スマイルでも、マニュアルのような褒め言葉でもない。
この街では、俺のような男は珍しい。
それが、彼女たちの反応からはっきりと伝わる。
(……悪くないな)
持ち上げられる心地よさは、都会とはまた違う刺激になった。
料金も格段に安い。
仕事で溜まった鬱憤を晴らすには、最高の娯楽に思えた。
「田舎暮らしも悪くないかもな」
その日から、俺はコンビニ感覚でキャバクラに通うようになった。
新しい家の家賃は、会社が半分負担してくれているため、出費はほとんどない。
生活費は都会にいた頃の半額。
ならば、そのぶん遊んでいいだろう。
そんな理屈を自分に許してしまった。
そして気づけば、休日のほとんどをパチンコ屋で過ごすようになった。
勝った日はそのままキャバクラへ直行し、優越感に浸りながら豪遊する。
こうして少しずつ、確実に、自分が“底”へ向かって落ちていることに気づくのは、ずっと先のことだ。
紬を失った俺は――気づけば、典型的なクズに成り下がっていた。
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