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第26話 雪解けの口づけ
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高圧洗浄によってピカピカに磨き上げられた祭壇は、雪山の太陽を浴びて神々しく輝いていた。
周囲に立ち込めていた不快な瘴気は完全に消え失せ、代わりに澄み渡った冷気が肺を満たしていく。
「……終わった、のか?」
クラウス様が信じられないといった様子で祭壇に歩み寄った。その足取りは軽く、先ほどまで彼を苦しめていた脂汗も引いている。
「はい。汚れの元は完全に断ちました。これで、新しい瘴気が生まれることはありません」
私がゴム手袋を外しながら答えると、彼は自身の掌を見つめ強く握りしめた。
「体が軽い。……ずっと纏わりついていた鉛のような重さが嘘のように消えている」
彼の瞳が揺れている。
それは長年の囚人が鎖から解き放たれた時のような、呆然とした、しかし確かな希望に満ちた目だった。
「エリーナ。……何か、食べるものはあるか?」
「え?」
「確かめたいんだ。俺の体が、本当に治ったのかどうか」
彼は切実な声で求めた。
私は慌ててマジックバッグを探り、ポケットに入っていた小さな包みを取り出した。
「これくらいしかありませんけど……干し柿です。おやつ用に持っていたもので」
「……それでいい」
私が手渡すと、彼はそのシワシワの果実を恐る恐る口に運んだ。
これは、私が魔法で【下処理】をしていない、ただの市販の干し柿だ。もし呪いがまだ残っていれば、彼はまた「砂の味」を感じるはず。
彼が一口かじった。
サクッ、という微かな音。
彼は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼する。
長い沈黙。吹き抜ける風の音だけが響く中、彼のアイスブルーの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「……甘い」
彼は震える声で呟いた。
「渋みがあって、奥深い甘さだ。……これが、柿の味か」
「クラウス様……!」
「味がする。お前の魔法がかかっていない、ただの食べ物なのに……鮮明に、味がわかるぞ!」
彼は残りの柿を一気に頬張ると、子供のように笑い、そして泣いた。
その笑顔を見て、私も視界が潤んだ。
よかった。本当によかった。
彼の失われた三年間が、ようやく終わったのだ。
次の瞬間。
私は強い力で引き寄せられ、彼の厚い胸板の中に包まれていた。
「えっ、あ、あの……!?」
「ありがとう、エリーナ。……ありがとう」
耳元で囁かれる声は熱く、彼の腕は痛いほどに私を抱きしめていた。
「お前が俺を救ってくれた。食事だけじゃない。凍りついていた俺の心も、人生も……すべてお前が溶かしてくれたんだ」
彼の心臓の音が、トクトクと私の背中に伝わってくる。
その温かさに私の胸もいっぱいに満たされた。
「……どういたしまして。これからは、美味しいものをたくさん食べられますね」
私が腕の中で顔を上げると、彼と至近距離で目が合った。いつもは涼しげな彼の瞳が、今は熱情を帯びて私を捕らえている。
「ああ。だが……今一番味わいたいのは、これだ」
「へ?」
彼がそっと顔を近づけ――。
私の唇に彼の唇が重なった。
「んっ……」
雪山の中、二人きりの口づけ。
彼の唇は冷たい外気とは裏腹に、驚くほど温かく優しかった。触れるだけのキスから、角度を変えて、もっと深く。
干し柿の甘さが、口移しで溶けていくような、甘美な時間。
どれくらいそうしていただろうか。
名残惜しそうに唇が離れると、彼は頬を染めて蕩けるような笑顔を向けた。
「……どんな高級食材よりも、お前が一番甘いな」
「~~っ!!」
今度こそ私は茹でダコのように真っ赤になった。
この天然タラシめ! 呪いが解けたら、口説き文句の威力まで倍増するなんて聞いてない!
背後では、浄化された祭壇が祝福するように輝き、空には美しいオーロラが揺らめいていた。
こうして私たちは「呪い」という過去を洗い流し、恋人同士として新たな一歩を踏み出したのだった。
周囲に立ち込めていた不快な瘴気は完全に消え失せ、代わりに澄み渡った冷気が肺を満たしていく。
「……終わった、のか?」
クラウス様が信じられないといった様子で祭壇に歩み寄った。その足取りは軽く、先ほどまで彼を苦しめていた脂汗も引いている。
「はい。汚れの元は完全に断ちました。これで、新しい瘴気が生まれることはありません」
私がゴム手袋を外しながら答えると、彼は自身の掌を見つめ強く握りしめた。
「体が軽い。……ずっと纏わりついていた鉛のような重さが嘘のように消えている」
彼の瞳が揺れている。
それは長年の囚人が鎖から解き放たれた時のような、呆然とした、しかし確かな希望に満ちた目だった。
「エリーナ。……何か、食べるものはあるか?」
「え?」
「確かめたいんだ。俺の体が、本当に治ったのかどうか」
彼は切実な声で求めた。
私は慌ててマジックバッグを探り、ポケットに入っていた小さな包みを取り出した。
「これくらいしかありませんけど……干し柿です。おやつ用に持っていたもので」
「……それでいい」
私が手渡すと、彼はそのシワシワの果実を恐る恐る口に運んだ。
これは、私が魔法で【下処理】をしていない、ただの市販の干し柿だ。もし呪いがまだ残っていれば、彼はまた「砂の味」を感じるはず。
彼が一口かじった。
サクッ、という微かな音。
彼は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼する。
長い沈黙。吹き抜ける風の音だけが響く中、彼のアイスブルーの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「……甘い」
彼は震える声で呟いた。
「渋みがあって、奥深い甘さだ。……これが、柿の味か」
「クラウス様……!」
「味がする。お前の魔法がかかっていない、ただの食べ物なのに……鮮明に、味がわかるぞ!」
彼は残りの柿を一気に頬張ると、子供のように笑い、そして泣いた。
その笑顔を見て、私も視界が潤んだ。
よかった。本当によかった。
彼の失われた三年間が、ようやく終わったのだ。
次の瞬間。
私は強い力で引き寄せられ、彼の厚い胸板の中に包まれていた。
「えっ、あ、あの……!?」
「ありがとう、エリーナ。……ありがとう」
耳元で囁かれる声は熱く、彼の腕は痛いほどに私を抱きしめていた。
「お前が俺を救ってくれた。食事だけじゃない。凍りついていた俺の心も、人生も……すべてお前が溶かしてくれたんだ」
彼の心臓の音が、トクトクと私の背中に伝わってくる。
その温かさに私の胸もいっぱいに満たされた。
「……どういたしまして。これからは、美味しいものをたくさん食べられますね」
私が腕の中で顔を上げると、彼と至近距離で目が合った。いつもは涼しげな彼の瞳が、今は熱情を帯びて私を捕らえている。
「ああ。だが……今一番味わいたいのは、これだ」
「へ?」
彼がそっと顔を近づけ――。
私の唇に彼の唇が重なった。
「んっ……」
雪山の中、二人きりの口づけ。
彼の唇は冷たい外気とは裏腹に、驚くほど温かく優しかった。触れるだけのキスから、角度を変えて、もっと深く。
干し柿の甘さが、口移しで溶けていくような、甘美な時間。
どれくらいそうしていただろうか。
名残惜しそうに唇が離れると、彼は頬を染めて蕩けるような笑顔を向けた。
「……どんな高級食材よりも、お前が一番甘いな」
「~~っ!!」
今度こそ私は茹でダコのように真っ赤になった。
この天然タラシめ! 呪いが解けたら、口説き文句の威力まで倍増するなんて聞いてない!
背後では、浄化された祭壇が祝福するように輝き、空には美しいオーロラが揺らめいていた。
こうして私たちは「呪い」という過去を洗い流し、恋人同士として新たな一歩を踏み出したのだった。
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