雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

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第六章 夜姫の追放

第二十二話

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 父も陛下も役に立たないと分かったところで、私は自分で夜姫イェチェンについて調べることにした。

 従者に調べさせても良いのだが……日中だと宦官・宮女・侍女に見つかる危険性が高いし、さすがに上級妃の宮で見知らぬ女がウロウロしては不審がられる。

 それに……前回の美姫メイジェンでの仕返しが失敗に終わったのは、彼女のことを文面上でしか知らなかったことも失敗に繋がった一因だと考えている。

 やはり仕返しをするならその人と直に接して、その人となりを理解した上で……その人間の誇り・幸せ・全てを、惨めに破壊するのが一番楽しいというものだろう。

 私はクスクスと笑みがこぼれてしまう口元を袖で隠し、早速、夜姫の宮に訪問したい旨を伝える従者を出した。

 ――私としては数日後の訪問を予定していたのだけれど、夜姫の宮から帰ってきた従者は今すぐでも構わないと返事をもらったということで、それならばと早速彼女の宮を訪問した。

 戻ってきた従者曰く、彼女の宮の侍女は慌てた様子で分かりました、今すぐ準備しますと答えていたらしい。

 何か隠し事でもあるのかしら……それを隠すため、あえて自分には隠し事がないと強調するように、今すぐの訪問を受け入れたのだろうか。

 どんな秘事があるのかワクワクしながら牛車で夜姫の宮まで向かい、到着すると彼女の侍女に客室まで案内されたので席について、宮の主が来るのを待った。

 少しすると、扉が開いて夜姫が現れた。

「いらっしゃいませ、遊姫ヨウチェン様」

 急いで準備したのか少し汗ばんでいる夜姫は、いつも以上の色気をまとっているように感じられた。

 ただそれ以上に気になったのが、彼女が身にまとっている……ムワンッと部屋中に広がり、鼻を刺激する強烈な香のニオイ。

「……突然の訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます。夜姫様」

 あまりの香の強さに、一瞬嫌悪が顔に出てしまいそうになったが……そこはグッと堪え、口元と鼻を袖で隠しながら微笑んで答える。

 後宮にいるほどの人物であれば、香を身にまとっていること自体はさして珍しいことではないが、香の物を体中にこすりつけたのかと思うほど強烈な香りが鼻に突き刺さってくる。

 甘ったるく女性を感じさせるその香りに、頭までクラクラしてきそうだった。

「本日はどういった御用で?」

 そう尋ねる夜姫の顔は微笑んでこそいるものの、表情の裏に何しに来たという感情が滲んでいることはすぐに見て取れた。

「用というほどのことではないのですが……最近、上級妃が次々に後宮を出ているでしょう。何かの呪いかと不安で、夜姫様はどうお考えなのかと思いまして……」

 もちろん呪いなんかないことは、私が誰よりも分かっている。

 上級妃たちを追い出しているのは私なのだから。

 ただ現状を夜姫はどう思っているのか、上級妃としてどういった考えを持っているのかが知れればと思い、そう言ってみた。

「呪い~? そんな物を信じていらっしゃるの? ただ悪い偶然が重なっただけよ」

 夜姫はケラケラと笑いながら、そう答えた。

 その様子は上級妃が次々にいなくなっていることに、何の不安も疑問も抱いていないようだった。

「そうですか……けれど夜姫様も陛下も、さぞお寂しいでしょう。こんなにも上級妃がいなくなって……」

 私はさらに探りを入れてみる。

「寂しさなんかないわよ。他の人がどうなろうと、私には関係のないことだし」

 夜姫は興味なさげにそう言いながら、侍女に用意させたお茶を飲んでいた。

 そして遊姫様もどうぞと言いながら、私にもお茶を飲むように促していたが……私はありがとうございますと微笑み、口元を袖で隠してやり過ごした。

 その後もなぜ後宮へ来たのか、上級妃になった理由などを教えていただいたが……そうして分かったことは、夜姫様は思ったよりも冷めている方だったということだ。

 ただ陛下が望んだから側妃になった、さらに望まれたから上級妃になった……それだけで、他の上級妃たちに対する敵視も、陛下への愛も寵愛を受けたいという執着も感じられなかった。

「私は今の暮らしが気に入っているの。このまま楽しく暮らせれば良いと思っているわ」

 夜姫はそう言って、色気のある表情で微笑んでいた。

「……そうですわね」

 私も口元を袖で隠しながら微笑んで、頃合いを見計らって彼女の宮からお暇させていただいた。

 ――私は自分の宮に戻ってすぐ夜姫のニオイがこびりついている服を脱ぎ、従者に着替えを用意させた。

 あの強烈な香には参ったけれど、夜姫から直にお話をうかがえたのはやはり良かったわね。

 今の暮らしが気に入っているか……ごめんなさい、夜姫様。

 その暮らし、私が壊してしまいますわ。

 私はクスクスと微笑みながら、夜になるのを楽しみに待った。
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