雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

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第八章 協力者の思惑

第三十一話

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「なぜ、余に協力してくれたのだ?」

 陛下のそんな素朴な疑問に、真っ直ぐに見つめてくる瞳に……私は心のままに答えることにした。

 ただ陛下の瞳を真っ直ぐに見つめ続けるのは難しくて、私は明るい日差しの方をぼんやりと眺めながら……協力した理由を自分にも問い、ゆっくりと答え始めた。

「終の棲家に……後宮が欲しかったのです」

 真っ先に浮かんだのは、それだった。

 父や皇弟陛下からの依頼、国の堕落と未来、権力も……私には関係ない、全てがどうでも良いことだ。

 今回の邪魔者を排除するという仕事を受けたのは、未来の皇帝となられる陛下から後宮をもらうためだった。

 そのために前皇帝のいやらしい手つきや視線も傍若無人さも、苦痛の夜伽も宴も……全てに耐えた。

「終の棲家とはどういうことだ? そなたの生家では駄目だったのか?」

 陛下は不思議そうに、そう尋ねてくる。

 生家……私が生まれ育った家。

 宰相の父がいて、かわいい弟がいて、屋敷付きの侍女や私の従者がいて……特別なことなんて何も起きない、父の愚痴を聞いてそれに意見して、弟と遊んで、穏やかな生活を送れていた私の家。

「……私の生家はゆくゆくは弟が家督を継ぎ、彼の家になります。弟が嫁を迎えた時、姉の私が居座っていては邪魔になりますから終の棲家にするのは難しいでしょう」

 私は懐かしい思い出に口元を緩ませながらも、仕方のないことなのだと割り切って答えた。

 穏やかな口調で答えたつもりだが、改めて自分の家が自分の家でなくなること……もう帰る場所がなくなるのだと思うと、どうしようもなく寂しくなる自分もいた。

「ならば、そうなる前にそなたも嫁に行けば良いだろう。なぜそこまでして後宮にこだわる?」

 陛下は当たり前の言葉を返してくる。

 でもその当たり前のことが、私にはどうしようもなく重たくのしかかって……微笑みに影が差した。

「私は嫁には行けないのです」

 私がそう答えると、なぜだ? と陛下は更に尋ねてくる。

 これ以上は私のことだけでなく、家の体裁にも関わってくる……そう思うと口をつぐむしかなかった。

 けれどチラリと陛下の方を見てみると、この御方はただただまっすぐに私を見つめていた。

 その目を見ると、この方に隠す意味もないと思わされた。

「私は……子を望めない身体なのです。生まれつきなのか月の物がなく、女性らしい胸の膨らみもありません。なので、子供を生むことを求められる嫁という存在に、私はなれないのです」

 私が慎重に、されど淡々にそう答えると、陛下は目を見開いて固まっていた。

 そう、私は子供が望めない。

 だから嫁にも行けないし、皇帝陛下の正妃になんて……国母になることを望まれる存在になんて、なれるはずがなかった。

「あ、あぁ……そうだったのか。すまなかった」

 陛下は慌てた様子で、取り繕うように謝罪を口にする。

 ……別に陛下が謝ることではない。

「けれど宰相の娘が嫁ぎ遅れでは外聞が悪いでしょう? 父はそのことで随分、頭を悩ませていました」

 だからこそ私は何も気にしていないように、明るくそう言い放った。

 実際、父は私の今後についてよく頭を悩ませていた。

 私は宰相の娘だ……結婚が家・政と直結しかねない立場のため、下手な身分の家柄には嫁がせられない。

 さりとてそれなりの家に嫁げば、子供を産むことを求められる……けれど私にはそれができない、そうなった時に離縁されて出戻りになれば、宰相である父の立場がない。

 けれどそれなりの家柄を望めば、子供を産むことは必須条件……だから頭を悩ますばかりで、私の今後はずっと空白のまま、ただただ嫁ぎ遅れていた。

「……そんな折に後宮へ入る話が舞い込んだから、全員を追い出した後の後宮を終の棲家にもらおうと?」

 陛下は私の考えていたことを、先回りするように尋ねてきた。

 なので私はニッコリと微笑んで、えぇと答える。

「前皇帝の側妃として嫁いでも、その前皇帝を消してしまえば子供を求められることはありませんからね。陛下には仕事の報酬として、私を正妃にしないことと後宮を頂戴することをお約束しておりますし」

 これで私は後宮を……終の棲家を手に入れた。

 前皇帝に嫁いだとなれば宰相である父の面目も立つし、前皇帝が死んでいれば子供を求められることもない……むしろ子供がいると、権利争いに巻き込まれるからいない方が良いくらいだ。

 けれど私は前皇帝の最後の上級妃。

 陛下に皇帝が移ろうとも、ある程度の権力は約束されている……私が一人だけ後宮に残ることに、異論を唱える者もいないだろう。

「……ご納得いただきましたか?」

 私がニッコリと微笑みながらそう尋ねると、陛下はあぁ……と答えながらもどこか沈んだ表情を浮かべていたように思うが、私にはもう関係ないことだ。
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