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第八章 協力者の思惑
第三十話
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王宮にやった従者が戻ってくると、すぐに次期皇帝が会いに来るそうですと無感情に言ってきて、それはそれは驚いた。
本来であれば身支度を整えたり、出迎えの準備をしたりしたいところだけど……さすがに目覚めたばかりで身体はついてこないし、どこか気持ちも抜けていて、寝台から上半身を起こしておくだけで精一杯だった。
しばらくすると牛車の音が私の宮で止まって、静かな足音が一人分、私の寝所まで近付いてきた。
「……入っても良いか」
その御方は律儀にも部屋の前で立ち止まって、入室の許可を求めてきた。
あまりにも陛下と――前皇帝と違っていて、私はクスッと微笑みながらどうぞと答えた。
静かに部屋に入ってきた次期皇帝は、前皇帝と見紛うほどそっくりな顔立ち・体格をしていて、一瞬私は仕損じていたのかと思うほどだった。
私が目を白黒させていると、その御方は気まずそうに言葉をかけてきた。
「あー……目覚めたばかりの所にすまぬな。身体は大事ないか?」
その声はあまりにも優しく穏やかで、この御方が前皇帝ではなく次期皇帝なのだとやっと気付けた。
次期皇弟は後宮に来ることがないし、後宮に来る前ももちろんお会いしたことはないので、今回初めてお会いしたけれど……こんなにも陛下とそっくりだったのね。
こんなに似ているのであれば陛下の死を隠して、そのまま次期皇弟が皇帝の椅子に座るのもアリだったのではないかと思ったが……あの最悪の皇帝が死んだということが、この国には必要だったのだろうと自己解決した。
「――大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。次期皇帝陛下」
私がにっこりと微笑みながらそう答えると、次期皇帝もニコッと穏やかな笑みを返してくれた。
こんなにも前皇帝と似ているのに、中身はまるで正反対だなと……そう感じた。
ただ前皇帝も酒を飲まずに黙ってさえいれば威厳のある整った見た目をした殿方ではあったなと、この御方を見ていると改めて感じる。
「次期皇帝か……王宮内ではもう現皇帝ということになっている。世間への公表はもう少し落ち着いてからの予定だがな」
そういって次期皇帝――いや、陛下は穏やかに言う。
「それは失礼致しました。では陛下と呼ばせていただきます」
前皇帝の死去からたった二日で、もう王宮内では現皇帝という認識になっているのかと素直に驚いた。
この短いやり取りだけで、この御方の実績・実力・誠実さを感じずにはいられなかった。
あの父が、この方こそ皇帝陛下になる男と言うだけのことはある。
陛下としばらく必要な物はないか、父君も心配していたなどの当たり障りのない会話が続いたかと思うと、沈黙の時間が流れた。
……目覚めたばかりの私に、陛下は一体何の用があったのだろうか。
もしかしたら父は私の命を奪うつもりはなかったようだが、陛下はそうではない……ということだろうか。
ただ皇族であれば、御自ら来ずとも配下の者を寄越してさっさと排除するだろう。
わざわざ自分の女のいない後宮に来て、兄を殺すために雇った女に会いに来るというのは……一体、どういう用向きなのだろうか。
私は陛下の真意を測りかねて、何も言えずにいた。
すると陛下は唐突に、その口を開いた。
「なぜ、余に協力してくれたのだ?」
「……へ?」
思いがけない疑問に、私は思わず情けない声が漏れてしまった。
けれど陛下は特に気にした様子はなく、質問の真意を説明してくれた。
「宰相は国を憂う余に賛同して協力してくれていたが、そなたには国や政など関係ないことであろう。なのに仕事を受けて……報酬として後宮を欲しがっている。その真意が分からなくてな」
……前皇帝は自分が命じれば周りが動くのが当たり前だと思っていたが、この方はそういう考え方はしていないらしい。
確かに正妃の座を狙っているわけでもなく、皇帝暗殺という大仕事を請け負っておきながら、報酬としてただ後宮を欲しがっている宰相の娘……不審そのものだろう。
陛下の疑問も、当たり前かもしれない。
ただそんな質問を、私に直接ぶつけてくるところに陛下の誠意というか……雇い主としての真っ直ぐさを感じられた。
ふっと見てみると陛下の目は真剣そのもので……真っ直ぐに私の目を射抜いてくるので、これは答えないわけにはいかないなと、クスッと笑みがこぼれてしまった。
「……つまらない話ですが、聞いてくださいますか?」
私は少し困りながらそう言って、陛下の疑問に答えることにした。
本来であれば身支度を整えたり、出迎えの準備をしたりしたいところだけど……さすがに目覚めたばかりで身体はついてこないし、どこか気持ちも抜けていて、寝台から上半身を起こしておくだけで精一杯だった。
しばらくすると牛車の音が私の宮で止まって、静かな足音が一人分、私の寝所まで近付いてきた。
「……入っても良いか」
その御方は律儀にも部屋の前で立ち止まって、入室の許可を求めてきた。
あまりにも陛下と――前皇帝と違っていて、私はクスッと微笑みながらどうぞと答えた。
静かに部屋に入ってきた次期皇帝は、前皇帝と見紛うほどそっくりな顔立ち・体格をしていて、一瞬私は仕損じていたのかと思うほどだった。
私が目を白黒させていると、その御方は気まずそうに言葉をかけてきた。
「あー……目覚めたばかりの所にすまぬな。身体は大事ないか?」
その声はあまりにも優しく穏やかで、この御方が前皇帝ではなく次期皇帝なのだとやっと気付けた。
次期皇弟は後宮に来ることがないし、後宮に来る前ももちろんお会いしたことはないので、今回初めてお会いしたけれど……こんなにも陛下とそっくりだったのね。
こんなに似ているのであれば陛下の死を隠して、そのまま次期皇弟が皇帝の椅子に座るのもアリだったのではないかと思ったが……あの最悪の皇帝が死んだということが、この国には必要だったのだろうと自己解決した。
「――大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。次期皇帝陛下」
私がにっこりと微笑みながらそう答えると、次期皇帝もニコッと穏やかな笑みを返してくれた。
こんなにも前皇帝と似ているのに、中身はまるで正反対だなと……そう感じた。
ただ前皇帝も酒を飲まずに黙ってさえいれば威厳のある整った見た目をした殿方ではあったなと、この御方を見ていると改めて感じる。
「次期皇帝か……王宮内ではもう現皇帝ということになっている。世間への公表はもう少し落ち着いてからの予定だがな」
そういって次期皇帝――いや、陛下は穏やかに言う。
「それは失礼致しました。では陛下と呼ばせていただきます」
前皇帝の死去からたった二日で、もう王宮内では現皇帝という認識になっているのかと素直に驚いた。
この短いやり取りだけで、この御方の実績・実力・誠実さを感じずにはいられなかった。
あの父が、この方こそ皇帝陛下になる男と言うだけのことはある。
陛下としばらく必要な物はないか、父君も心配していたなどの当たり障りのない会話が続いたかと思うと、沈黙の時間が流れた。
……目覚めたばかりの私に、陛下は一体何の用があったのだろうか。
もしかしたら父は私の命を奪うつもりはなかったようだが、陛下はそうではない……ということだろうか。
ただ皇族であれば、御自ら来ずとも配下の者を寄越してさっさと排除するだろう。
わざわざ自分の女のいない後宮に来て、兄を殺すために雇った女に会いに来るというのは……一体、どういう用向きなのだろうか。
私は陛下の真意を測りかねて、何も言えずにいた。
すると陛下は唐突に、その口を開いた。
「なぜ、余に協力してくれたのだ?」
「……へ?」
思いがけない疑問に、私は思わず情けない声が漏れてしまった。
けれど陛下は特に気にした様子はなく、質問の真意を説明してくれた。
「宰相は国を憂う余に賛同して協力してくれていたが、そなたには国や政など関係ないことであろう。なのに仕事を受けて……報酬として後宮を欲しがっている。その真意が分からなくてな」
……前皇帝は自分が命じれば周りが動くのが当たり前だと思っていたが、この方はそういう考え方はしていないらしい。
確かに正妃の座を狙っているわけでもなく、皇帝暗殺という大仕事を請け負っておきながら、報酬としてただ後宮を欲しがっている宰相の娘……不審そのものだろう。
陛下の疑問も、当たり前かもしれない。
ただそんな質問を、私に直接ぶつけてくるところに陛下の誠意というか……雇い主としての真っ直ぐさを感じられた。
ふっと見てみると陛下の目は真剣そのもので……真っ直ぐに私の目を射抜いてくるので、これは答えないわけにはいかないなと、クスッと笑みがこぼれてしまった。
「……つまらない話ですが、聞いてくださいますか?」
私は少し困りながらそう言って、陛下の疑問に答えることにした。
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