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では、貴家との婚約の白紙撤回に応じて頂く。
しおりを挟む「それくらいのことでかっ!?」
なんて冷たい女なんだ!
「それくらい、ですか……皆さん、なんのために彼が我が家の養子に、嫡子として育てられて来たとお思いで?」
「それは、お前が女で嫡子になれないからその代わりに、親族の中でも優秀なアイツを無理矢理養子にしたんだろ? それを今更、放り出すだなんて非道にも程がある!」
自分が不出来なことを棚に上げ、アイツのことを利用するだけ利用して、この女やその父親である当主はアイツの意志をなんだと思っているんだ?
「はぁ……嫡子として望まれた養子は、養家に尽くすことを求められます」
婚約者は溜め息を吐いて、呆れたように言葉を紡ぐ。
「その養家に実子がいる場合、実子と敵対するような養子を嫡子にしておくはずがないでしょうに? 故に、わたくしに敵対すると公言した彼が、わたくしに危害を加える可能性があると父に判断され、これ以上は我が家に置いておくことはできないと、養子縁組の解除が行われました。そんなことも判らないのですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まると、畳み掛けるように言い募のられた。
「それとも、彼を使って我が家の乗っ取りでも企んでいらして? それでしたら、貴族院、警邏、王城へと報告して徹底的に調査する必要が出て来ますが? 他貴族家の乗っ取りを企てたのであれば、学生とて実刑判決は免れません。最悪、一族に死刑を科される可能性がありますが。それでも、我が家の事情に口を出しますか? 皆様、わたくしの義弟だったあの子のために、その命を……ご家族全員の命までをも懸ける覚悟がありまして?」
一瞬で、氷水を浴びせられたようにサッと全身から血の気が引く。幾ら俺の家が傍系の王族だとて、そのようなことをしたら現王家に処断されることだろう。この首が落ちる事態になるかもしれない。
「い、いや……他家の事情にまで口出しをする権限は、無い。失礼なことを言った」
「ご、ごめんなさい! 死刑は嫌!」
「失礼……しました」
「すまなかった」
俺達は、婚約者に頭を下げて立ち去った。
アイツのことは……友人として残念に思う。だが、傍系とは言え王族である俺や家族全員の命には代えられない。悔しいが、涙を飲んでアイツのことは……諦めることにした。
それから、気が気でなかった数日間を過ごし――――
婚約者の父親が、大事な話があると我が家へやって来た。父に呼ばれ、俺もその大事な話に同席することになった。
すわ、俺達が他家の乗っ取りを企てた……と、糾弾されるものと戦々恐々と。ある意味断頭台に上がるような心持ちで、応接間へ足を踏み入れる。と、
「我が娘の、貴家への嫁入りとご子息との婚約自体を白紙撤回して頂く」
婚約者の父親が、冷ややかな表情で言った。
なんだ……婚約の白紙撤回か。他家の乗っ取りのことで責められると思っていたので、少し安心した。
「わかりました」
荷が下りた気分で頷くと、
「な、なにを言っている! 申し訳ないが、息子の今の言葉は聞かなかったことにしてくれ。ご令嬢との婚約は、王室が取り決めたこと。それを、我々の一存で白紙撤回することはできないだろう」
父が慌てて否定……というか、婚約の継続を望むことを言う。
「ご子息が、我が家の元養子と学園で話していたことはご存知でしょうか?」
平坦に言う低い声に、一気に冷や汗が溢れた。
「はい? なんのことでしょうか?」
「我が家の元養子と、こう話していたそうではないですか」
アイツとの会話が、頭を過ぎる。『僕が今当主になれたなら、あなたとあの女との婚約を継続する必要はありませんね』と。『そうだな。早く君に当主になってほしいものだ。そうすれば、あの女を追い出して修道院にでも押し籠められるのに』と。俺達は、こんな風に笑っていた。
婚約者の父親は、俺達のしていた会話をなぞるように父へと告げる。それを聞いた父の顔も、段々と血の気が引いて蒼白になって行く。
「このようなことを、婚姻前から学園のあちこちで言い触らしている者の家へ娘を嫁にやるなど冗談ではない」
吐き捨てるような言葉。
「我が家への乗っ取り行為をご子息が唆している、とも受け取れるのだが? こちらとしては、今すぐに貴族院と王室、警邏へと通報し、厳正に取り調べてもらってもいい。裁判を受けますか?」
冷たい視線に、侮蔑を感じる。
「そ、それだけは勘弁してくれっ!?」
父が悲鳴のように声を上げた。
俺が婚約者の家の乗っ取りを企てたと判決が出れば、最悪我が家門も連座で処刑……
「では、貴家との婚約の白紙撤回に応じて頂く」
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