8 / 21
第8話 結婚準備と贈り物、そして忍び寄る影
しおりを挟む
「挙式は、王都礼拝堂で行われる。来月末までに準備を整えるよう、王命が下った」
ルシアス閣下は、いつも通り淡々とそう言った。
けれど私の心は、彼のひと言で信じられないほど波立っていた。
(……いよいよ、私は“彼の妻”になるのね)
地味で、誰の記憶にも残らなかった私が――
冷酷宰相と恐れられるルシアス閣下の正式な婚約者として、王家に認められた“未来の花嫁”になる。
これは夢じゃない。
そう自分に言い聞かせても、胸の奥は落ち着かなかった。
* * *
婚礼準備は、想像以上に慌ただしかった。
王家が関わる婚儀であるため、ドレス、式次第、来賓席、料理に至るまで、どれもが「国家規模」で整えられていく。
私は連日、打ち合わせと仮縫いに追われ、王妃陛下の妃教育も同時進行だった。
だがその忙しさの中でも、彼――ルシアス閣下は、必ず毎晩時間をつくって私に声をかけてくれた。
「疲れていないか?」
「食事はちゃんと摂ったか」
「君に似合う香水を選んでおいた。……嫌なら変える」
(――不器用なくらい、優しい)
それが、どれほど心を支えてくれていたか。
私は彼に、少しずつ、けれど確かに、恋をしていた。
* * *
ある晩。
疲れた私が部屋に戻ると、机の上に見慣れない小箱が置かれていた。
「……閣下、これは?」
「贈り物だ。君に――婚約者としてではなく、“私の大切な女性”として」
そっと開けると、そこには淡く輝く指輪。
水面のような薄青の宝石が、小さな金の輪に嵌められていた。
「……綺麗……」
「それは私の母が使っていた指輪だ。誰にも渡したことはない。
……だが君なら、着けてほしいと思った」
私は、その言葉に声が出なかった。
家柄でも、顔でも、名声でもない。
“私”という存在そのものを、彼が選んでくれた。
「……はい。大切にします。ずっと、着けていたい」
その瞬間、彼の表情がほんの少しだけ、綻んだ気がした。
それは、国の重責を背負い続けた男が見せる、ごく短い、けれど確かな“幸福”の証。
私は、彼の隣にいられることを、心から誇りに思った。
* * *
だが――その裏で、見えない影が動き始めていた。
「……失礼いたします。依頼された日程通り、準備は整いました」
「ご苦労だったわ。……あの子が式を迎える前に、すべて終わらせてちょうだい」
冷たく笑うその女――リアナ・レイベルト。
彼女は王都を追われ、貴族としての立場も失った今なお、
“ルシアス閣下への執着”だけを心に残していた。
(私の代わりに隣に立った妹……)
(ふふ……奪ったなら、責任を取ってもらうだけ)
彼女が雇ったのは、辺境で暗躍する傭兵団。
婚礼式場への下見に赴く道中で、馬車を襲撃し、事故に見せかけて“花嫁”を排除する。
すべては、見えないところで。
そして、彼の心に永遠に残るのは、
“守れなかった婚約者”という喪失感だけ。
(それでいいのよ。私だけが、あなたの中に残るのだから)
それは、恋ではなかった。
愛でもなかった。
ただの、壊れた執着と狂気の果て。
だが私は、そんな計画の存在すら知らずに、明朝、何も疑わず式場へ向かう予定だった。
「……明日は、礼拝堂の下見です。準備が整っています」
「行程には騎士を十名つけろ。……それと、“影”を三人」
「……それほどまでに?」
「嫌な予感がする。……私の“本能”が告げている」
ルシアス閣下は、いつになく鋭い目で私の行動予定を睨みつけていた。
その時、彼の胸の中で既に「何か」が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
(何があっても、彼女だけは……)
そして、それはまさに――
「すべてを懸けて守るべき存在」への、予感だった。
ルシアス閣下は、いつも通り淡々とそう言った。
けれど私の心は、彼のひと言で信じられないほど波立っていた。
(……いよいよ、私は“彼の妻”になるのね)
地味で、誰の記憶にも残らなかった私が――
冷酷宰相と恐れられるルシアス閣下の正式な婚約者として、王家に認められた“未来の花嫁”になる。
これは夢じゃない。
そう自分に言い聞かせても、胸の奥は落ち着かなかった。
* * *
婚礼準備は、想像以上に慌ただしかった。
王家が関わる婚儀であるため、ドレス、式次第、来賓席、料理に至るまで、どれもが「国家規模」で整えられていく。
私は連日、打ち合わせと仮縫いに追われ、王妃陛下の妃教育も同時進行だった。
だがその忙しさの中でも、彼――ルシアス閣下は、必ず毎晩時間をつくって私に声をかけてくれた。
「疲れていないか?」
「食事はちゃんと摂ったか」
「君に似合う香水を選んでおいた。……嫌なら変える」
(――不器用なくらい、優しい)
それが、どれほど心を支えてくれていたか。
私は彼に、少しずつ、けれど確かに、恋をしていた。
* * *
ある晩。
疲れた私が部屋に戻ると、机の上に見慣れない小箱が置かれていた。
「……閣下、これは?」
「贈り物だ。君に――婚約者としてではなく、“私の大切な女性”として」
そっと開けると、そこには淡く輝く指輪。
水面のような薄青の宝石が、小さな金の輪に嵌められていた。
「……綺麗……」
「それは私の母が使っていた指輪だ。誰にも渡したことはない。
……だが君なら、着けてほしいと思った」
私は、その言葉に声が出なかった。
家柄でも、顔でも、名声でもない。
“私”という存在そのものを、彼が選んでくれた。
「……はい。大切にします。ずっと、着けていたい」
その瞬間、彼の表情がほんの少しだけ、綻んだ気がした。
それは、国の重責を背負い続けた男が見せる、ごく短い、けれど確かな“幸福”の証。
私は、彼の隣にいられることを、心から誇りに思った。
* * *
だが――その裏で、見えない影が動き始めていた。
「……失礼いたします。依頼された日程通り、準備は整いました」
「ご苦労だったわ。……あの子が式を迎える前に、すべて終わらせてちょうだい」
冷たく笑うその女――リアナ・レイベルト。
彼女は王都を追われ、貴族としての立場も失った今なお、
“ルシアス閣下への執着”だけを心に残していた。
(私の代わりに隣に立った妹……)
(ふふ……奪ったなら、責任を取ってもらうだけ)
彼女が雇ったのは、辺境で暗躍する傭兵団。
婚礼式場への下見に赴く道中で、馬車を襲撃し、事故に見せかけて“花嫁”を排除する。
すべては、見えないところで。
そして、彼の心に永遠に残るのは、
“守れなかった婚約者”という喪失感だけ。
(それでいいのよ。私だけが、あなたの中に残るのだから)
それは、恋ではなかった。
愛でもなかった。
ただの、壊れた執着と狂気の果て。
だが私は、そんな計画の存在すら知らずに、明朝、何も疑わず式場へ向かう予定だった。
「……明日は、礼拝堂の下見です。準備が整っています」
「行程には騎士を十名つけろ。……それと、“影”を三人」
「……それほどまでに?」
「嫌な予感がする。……私の“本能”が告げている」
ルシアス閣下は、いつになく鋭い目で私の行動予定を睨みつけていた。
その時、彼の胸の中で既に「何か」が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
(何があっても、彼女だけは……)
そして、それはまさに――
「すべてを懸けて守るべき存在」への、予感だった。
231
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます
さくら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。
パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。
そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。
そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」
新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。
「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる