偽りの令嬢を演じるオメガ(♂)を救うため、平民アルファの俺が傲慢な大公爵家に喧嘩を売って、二人で自由を掴み取る物語

水凪しおん

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第5話「芽生えた想い」

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 ゼノンの脅威が現実のものとなり、ケイトとセシルの周りの空気は一層重くなった。ケイトにかけられた機密データ窃盗の嫌疑は晴れないままで、彼は謹慎処分寸前の状態に追い込まれていた。それでも、ケイトの心は折れていなかった。自分を信じ、身を挺して庇ってくれたセシルのために、このまま引き下がるわけにはいかない。彼は自身の潔白を証明するため、そして何より、セシルをゼノンの魔の手から守るために、一人で奔走していた。
 一方、リアムは罪悪感に押しつぶされそうになっていた。友を裏切ってしまった後悔と、ゼノンの権力への恐怖との間で、彼の心は引き裂かれていた。ケイトが何も言わずに許してくれたことが、余計に彼を苦しめていた。何か自分にできることはないかと、彼は密かに情報を集め始めていた。
 そんな中、学園の一大イベントである、年次の魔術対抗戦の開催が告知された。クラスや学年を問わず、全ての生徒が参加できるトーナメント形式の大会。その優勝者には、学園最高の栄誉と共に、王家から特別な勲章が授与される。それは、どんな貴族の家柄をも凌ぐ、絶対的な名誉の証だった。
 これだ、とケイトは思った。
 噂や権力でねじ伏せようとするならば、それら全てを吹き飛ばす圧倒的な実力を見せつければいい。この大会で優勝し、自分の力を証明する。それが、今の状況を覆す唯一の方法だった。
 その決意を、ケイトはいつもの図書室でセシルに告げた。
「俺、優勝する。そして、あんたを狙う奴ら全員を黙らせる」
 力強く宣言するケイトの瞳を見て、セシルは胸が熱くなるのを感じた。自分はただ守られているだけではいけない。彼の隣に立つために、操り人形のままでは終わらないために、自分にできることを探さなければ。
「僕も……手伝いたい。君の力になりたい」
 セシルは、公爵家で叩き込まれた膨大な知識の中から、対抗戦で有利になるであろう古代魔術の理論や、対戦相手となりうる貴族生徒たちの魔術特性に関する情報をまとめ、ケイトに提供し始めた。それは、セシルにとって初めての、誰かに強いられたわけではない、自分の意志による行動だった。

 対抗戦の準備期間、二人の絆はさらに深まっていった。昼間は人目を避けていたが、夜になると、彼らは月の光だけが照らす古い訓練場で落ち合った。
「この魔法陣は、もっと術式の構成を簡略化できるはずだ。こうすれば、魔力効率が上がる」
 ケイトの放つ荒々しい炎の魔術に、セシルが的確な助言を与える。セシルは魔術の実践経験こそ少ないものの、その知識は学園の教師にも匹敵するほど豊富だった。ケイトは彼の言葉に素直に耳を傾け、みるみるうちにその魔術を洗練させていった。
 訓練の合間、二人は並んで座り、他愛もない話をした。ケイトは、セシルの髪を風が優しく揺らすのを見つめながら、どうしようもなく彼が愛おしいと感じていた。令嬢の仮面の下にある、少し気弱で、けれど芯の強い、本当のセシル。彼の全てを守りたい。その気持ちは、いつしか友情や同情を超え、はっきりとした愛情へと変わっていた。
 セシルもまた、ケイトに惹かれていた。彼の真っ直ぐな強さ、自分を偽らない生き方、そして何より、本当の自分を受け入れ、「セシル」と呼んでくれる優しさ。ケイトの隣にいる時だけ、自分は自分でいられる。この温かい気持ちが恋なのだと、セシルはとうに自覚していた。
 ある夜、訓練を終えたケイトが、汗を拭いながらセシルの隣に座った。
「ありがとうな。セシルのおかげで、かなりやれる気がしてきた」
「ううん、僕の方こそ。ケイトが頑張っているのを見ると、僕も勇気をもらえるから」
 沈黙が訪れる。夜風が二人の間を吹き抜けていく。互いの気持ちには、もうとっくに気づいていた。すぐそばにいるのに、その距離がもどかしくて、触れたいのに触れられない。
「セシル」
 ケイトが、何かを決意したように彼の名前を呼んだ。セシルはどきりとしながら、彼の方を見つめ返す。
 だが、ケイトは結局、その先を言葉にすることができなかった。「好きだ」というたった二文字が、彼の喉の奥でつかえて出てこない。今、この気持ちを伝えてしまえば、セシルをさらに危険な立場に追いやってしまうかもしれない。守ると決めたのに、自分の感情を優先していいのか。
 ケイトが迷っていると、セシルがふわりと微笑んだ。
「……信じてる。ケイトなら、きっと勝てるよ」
 その笑顔は、ケイトの迷いを全て見透かしているようだった。今は、この想いを胸に秘めて、ただ前だけを見て戦おう。全てを終わらせた後で、必ず伝えよう。
 ケイトは力強く頷いた。
 魔術対抗戦の幕が、上がろうとしていた。二人の想いを乗せて、運命の歯車が大きく回り始める。
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