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第4話「忍び寄る影」
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二人が密やかな時間を重ねる一方で、その関係を快く思わない者がいた。ヴァレンシュタイン大公爵家の嫡男、ゼノン・ヴァレンシュタイン。彼はセシリアの婚約者候補筆頭であり、その立場を疑う者はいなかった。
ゼノンにとって、セシリアは手に入れるべき最高のトロフィーだった。彼女の類まれなフェロモンは、ヴァレンシュタイン家の血をさらに優れたものにするだろう。彼女の美貌は、自分の妻として隣に立たせるのに申し分ない。彼はセシリアという人間そのものには何一つ興味がなく、ただ彼女が持つ価値だけを求めていた。意のままになる、美しい人形。それがゼノンの認識だった。
だからこそ、最近のセシリアの変化が気に食わなかった。時折見せる、以前にはなかった生き生きとした表情。そして、その視線の先に、いつもあの平民の男がいることにも気づいていた。
「平民ごときが、私のものに色目を使うとは。不愉快極まりない」
ゼノンの支配欲は、静かな怒りとなって彼の内側で渦巻いていた。彼はまず、外堀から埋めることにした。標的は、ケイトの唯一の友人であるリアムだった。
放課後、ゼノンはリアムを人気のない裏庭に呼び出した。
「君、ケイト・アシュトンと親しくしているそうだな」
突然、学園の最高権力者から声をかけられ、リアムは恐怖で身を縮こませた。
「は、はい……ただのクラスメイトで……」
「ほう。ならば、君の家族が経営している小さな商店も、ただの店だな。近々、ヴァレンシュタイン公爵家御用達の商会が、あの辺り一帯で新しい事業を始めるらしい。小さな店は、邪魔になるかもしれんなあ」
それは、紛れもない脅迫だった。リアムの顔から血の気が引いていく。家族を人質に取られたも同然だった。
「ど、どうすれば……」
「簡単なことだ。君には、少し協力してもらう」
ゼノンは歪んだ笑みを浮かべ、リアムの耳元でいくつかの指示を囁いた。その内容は、リアムの良心をひどく苛むものだったが、彼に逆らう選択肢などありはしなかった。
翌日、学園内に奇妙な噂が流れ始めた。
「特待生のケイト・アシュトンが、学園の機密データ保管室に不正にアクセスしようとしていたらしい」
「なんでも、強力な魔術を盗もうとしていたとか」
「平民はこれだから。恩を仇で返すとは……」
根も葉もない噂は、尾ひれがついてあっという間に広まった。ケイトは、弁明の機会すら与えられず、教師たちからは厳しい監視の目を向けられ、生徒たちからはより一層侮蔑のこもった視線を浴びせられることになった。
「ケイト、ごめん……俺……」
リアムは罪悪感に苛まれ、ケイトに謝ろうとしたが、ケイトは彼の苦しそうな顔を見て、何も言わずにその肩を叩いただけだった。誰かにやらされたのだろうと、すぐに察しがついたのだ。
そして、ゼノンの魔の手は、ついに二人の目の前に現れた。
中庭のベンチで、セシルがケイトにだけ見せる穏やかな笑顔で話している。その光景を見つけたゼノンは、わざとらしく大きな足音を立てて近づいてきた。
「セシリア。君は公爵令嬢としての自覚が足りないのではないか? そのような下賤の者と馴れ馴れしく話すとは」
ゼノンの冷たい声に、セシルの顔がこわばる。ケイトはセシルを守るように立ち上がり、ゼノンを睨みつけた。
「彼女が誰と話そうと、あんたには関係ないだろ」
「口答えをするか、平民が」
ゼノンの瞳に、明確な殺意が宿った。彼はその場で魔術を構築し始め、禍々しい闇のオーラがその手に集束していく。生徒への直接的な攻撃は、学園の規則で固く禁じられているはずだった。しかし、ゼノンはそんなルールなど意にも介さない。
「身の程を教えてやる」
闇の魔術が、ケイトに向かって放たれる。ケイトは咄嗟に防御障壁を展開しようとした。
だが、それよりも早く、小さな身体が彼の前に飛び出していた。
「やめて!」
セシルが、ケイトを庇うように両腕を広げて立ちはだかったのだ。ゼノンの魔術は、セシルの白いドレスの裾をわずかに掠め、焦がした。
「……ほう」
ゼノンは魔術を解くと、面白そうに口角を上げた。庇われたケイトへの怒りよりも、自分の所有物であるはずの人形が、別の男を守ったという事実。それが、彼の歪んだ嫉妬と支配欲に、激しく火をつけた。
「私のものに手を出そうとした罰だ。まずはあの虫けらを潰し、その後で、君にはたっぷりとお仕置きが必要なようだな、セシリア」
ゼノンは冷酷な笑みを浮かべると、その場を立ち去った。
残された二人の間に、重い沈黙が流れる。ケイトは、自分を庇ってくれたセシルの震える肩を、そっと抱き寄せた。
ゼノンのあの目は、本気だった。彼は、本気で自分たちを排除しようとしている。
事態は、もはや噂話や嫌がらせといったレベルでは済まされない段階に入り込んでいた。
ゼノンにとって、セシリアは手に入れるべき最高のトロフィーだった。彼女の類まれなフェロモンは、ヴァレンシュタイン家の血をさらに優れたものにするだろう。彼女の美貌は、自分の妻として隣に立たせるのに申し分ない。彼はセシリアという人間そのものには何一つ興味がなく、ただ彼女が持つ価値だけを求めていた。意のままになる、美しい人形。それがゼノンの認識だった。
だからこそ、最近のセシリアの変化が気に食わなかった。時折見せる、以前にはなかった生き生きとした表情。そして、その視線の先に、いつもあの平民の男がいることにも気づいていた。
「平民ごときが、私のものに色目を使うとは。不愉快極まりない」
ゼノンの支配欲は、静かな怒りとなって彼の内側で渦巻いていた。彼はまず、外堀から埋めることにした。標的は、ケイトの唯一の友人であるリアムだった。
放課後、ゼノンはリアムを人気のない裏庭に呼び出した。
「君、ケイト・アシュトンと親しくしているそうだな」
突然、学園の最高権力者から声をかけられ、リアムは恐怖で身を縮こませた。
「は、はい……ただのクラスメイトで……」
「ほう。ならば、君の家族が経営している小さな商店も、ただの店だな。近々、ヴァレンシュタイン公爵家御用達の商会が、あの辺り一帯で新しい事業を始めるらしい。小さな店は、邪魔になるかもしれんなあ」
それは、紛れもない脅迫だった。リアムの顔から血の気が引いていく。家族を人質に取られたも同然だった。
「ど、どうすれば……」
「簡単なことだ。君には、少し協力してもらう」
ゼノンは歪んだ笑みを浮かべ、リアムの耳元でいくつかの指示を囁いた。その内容は、リアムの良心をひどく苛むものだったが、彼に逆らう選択肢などありはしなかった。
翌日、学園内に奇妙な噂が流れ始めた。
「特待生のケイト・アシュトンが、学園の機密データ保管室に不正にアクセスしようとしていたらしい」
「なんでも、強力な魔術を盗もうとしていたとか」
「平民はこれだから。恩を仇で返すとは……」
根も葉もない噂は、尾ひれがついてあっという間に広まった。ケイトは、弁明の機会すら与えられず、教師たちからは厳しい監視の目を向けられ、生徒たちからはより一層侮蔑のこもった視線を浴びせられることになった。
「ケイト、ごめん……俺……」
リアムは罪悪感に苛まれ、ケイトに謝ろうとしたが、ケイトは彼の苦しそうな顔を見て、何も言わずにその肩を叩いただけだった。誰かにやらされたのだろうと、すぐに察しがついたのだ。
そして、ゼノンの魔の手は、ついに二人の目の前に現れた。
中庭のベンチで、セシルがケイトにだけ見せる穏やかな笑顔で話している。その光景を見つけたゼノンは、わざとらしく大きな足音を立てて近づいてきた。
「セシリア。君は公爵令嬢としての自覚が足りないのではないか? そのような下賤の者と馴れ馴れしく話すとは」
ゼノンの冷たい声に、セシルの顔がこわばる。ケイトはセシルを守るように立ち上がり、ゼノンを睨みつけた。
「彼女が誰と話そうと、あんたには関係ないだろ」
「口答えをするか、平民が」
ゼノンの瞳に、明確な殺意が宿った。彼はその場で魔術を構築し始め、禍々しい闇のオーラがその手に集束していく。生徒への直接的な攻撃は、学園の規則で固く禁じられているはずだった。しかし、ゼノンはそんなルールなど意にも介さない。
「身の程を教えてやる」
闇の魔術が、ケイトに向かって放たれる。ケイトは咄嗟に防御障壁を展開しようとした。
だが、それよりも早く、小さな身体が彼の前に飛び出していた。
「やめて!」
セシルが、ケイトを庇うように両腕を広げて立ちはだかったのだ。ゼノンの魔術は、セシルの白いドレスの裾をわずかに掠め、焦がした。
「……ほう」
ゼノンは魔術を解くと、面白そうに口角を上げた。庇われたケイトへの怒りよりも、自分の所有物であるはずの人形が、別の男を守ったという事実。それが、彼の歪んだ嫉妬と支配欲に、激しく火をつけた。
「私のものに手を出そうとした罰だ。まずはあの虫けらを潰し、その後で、君にはたっぷりとお仕置きが必要なようだな、セシリア」
ゼノンは冷酷な笑みを浮かべると、その場を立ち去った。
残された二人の間に、重い沈黙が流れる。ケイトは、自分を庇ってくれたセシルの震える肩を、そっと抱き寄せた。
ゼノンのあの目は、本気だった。彼は、本気で自分たちを排除しようとしている。
事態は、もはや噂話や嫌がらせといったレベルでは済まされない段階に入り込んでいた。
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