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第8話「夜明けの二人」
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学園を抜け出した二人の逃避行は、想像以上に過酷なものだった。リアムの予測通り、クラインフェルト公爵家とヴァレンシュタイン家は、躍起になって追手を放っていた。それは、家の恥を秘密裏に処理するための、暗殺者と言ってもいい者たちだった。
鬱蒼とした森の中、何度も魔術による急襲を受けた。そのたびに、ケイトが前に立ち、ずば抜けた戦闘魔術で追手を退けた。彼の放つ炎は森を焼き、氷は大地を凍らせ、雷は空を引き裂いた。それは、もはや学生のレベルを遥かに超えた、実戦の魔術だった。
「ケイト、こっち! この先の川を渡れば、追跡の魔術の痕跡を消せるはず!」
セシルもまた、ただ守られているだけではなかった。公爵家で得た膨大な知識を活かし、追手の使う魔術の特性を分析し、地理的な知識を頼りに最適な逃走経路を即座に判断した。ケイトの「力」とセシルの「知」、二人が揃って初めて、この絶望的な状況を切り抜けることができていた。
泥にまみれ、着の身着のままで、ろくに眠ることも食べることもできない日々が続いた。何度も危機に陥り、心も体も擦り切れていく。だが、二人は決して互いの手を離さなかった。辛い時は肩を寄せ合い、眠る時も背中を預け合った。互いを信じる気持ちだけが、二人を前へと進ませる原動力だった。
「ごめん……僕のせいで、君の未来まで奪ってしまった」
洞窟の中で火を囲みながら、セシルが申し訳なさそうに呟いた。
ケイトは、汚れたセシルの頬を優しく拭いながら、首を横に振った。
「謝るな。俺が選んだんだ。お前がいない未来なんて、俺には何の価値もねえよ」
その真っ直ぐな言葉に、セシルは涙ぐみながら微笑んだ。
何日も、何日も逃げ続けた。そしてついに、二人は鬱蒼とした森を抜け、潮の香りがする開けた場所へとたどり着いた。目の前に広がっていたのは、どこまでも続く青い海。そして、様々な国の船が行き交う、活気に満ちた大きな港町だった。
そこは、どの国の支配も受けない自由貿易都市「アクアリア」。実力さえあれば、どんな過去を持つ者でも受け入れられるという、自由の街。
地平線の向こうから、ゆっくりと朝日が昇り始めていた。黄金色の光が、きらめく海の水面を照らし、二人の疲弊しきった身体を優しく包み込む。
長く、暗い夜が明けたのだ。
二人は、ようやく安堵の息をついた。追手の気配はもうない。ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
朝日を浴びながら、二人はどちらからともなく向き合った。そして、まるで儀式のように、改めて自己紹介をする。
「俺はケイト。平民出身の、ただのアルファだ」
ケイトが、少し照れくさそうに言った。
セシルは、最高の笑顔で答えた。
「僕はセシル。同じく平民出身の、ただのオメガだよ」
身分も、性別も、偽りの名前も、全てを捨てた。貴族令嬢セシリアでも、特待生ケイトでもない。ただの「ケイト」と「セシル」になった二人。
どちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねた。それは、初めて交わす、優しくて、しょっぱい味がするキスだった。これまでの苦しみと、これからの希望、その全てが溶け合ったような、誓いの口付け。
「愛してる、セシル」
「僕もだよ、ケイト」
これからは、二人で未来を築いていく。困難はまだあるかもしれない。それでも、隣に愛する人がいれば、もう何も怖くはなかった。
朝日が完全に昇りきり、世界を明るく照らし出す。二人の本当の人生が、今、この場所から始まった。
鬱蒼とした森の中、何度も魔術による急襲を受けた。そのたびに、ケイトが前に立ち、ずば抜けた戦闘魔術で追手を退けた。彼の放つ炎は森を焼き、氷は大地を凍らせ、雷は空を引き裂いた。それは、もはや学生のレベルを遥かに超えた、実戦の魔術だった。
「ケイト、こっち! この先の川を渡れば、追跡の魔術の痕跡を消せるはず!」
セシルもまた、ただ守られているだけではなかった。公爵家で得た膨大な知識を活かし、追手の使う魔術の特性を分析し、地理的な知識を頼りに最適な逃走経路を即座に判断した。ケイトの「力」とセシルの「知」、二人が揃って初めて、この絶望的な状況を切り抜けることができていた。
泥にまみれ、着の身着のままで、ろくに眠ることも食べることもできない日々が続いた。何度も危機に陥り、心も体も擦り切れていく。だが、二人は決して互いの手を離さなかった。辛い時は肩を寄せ合い、眠る時も背中を預け合った。互いを信じる気持ちだけが、二人を前へと進ませる原動力だった。
「ごめん……僕のせいで、君の未来まで奪ってしまった」
洞窟の中で火を囲みながら、セシルが申し訳なさそうに呟いた。
ケイトは、汚れたセシルの頬を優しく拭いながら、首を横に振った。
「謝るな。俺が選んだんだ。お前がいない未来なんて、俺には何の価値もねえよ」
その真っ直ぐな言葉に、セシルは涙ぐみながら微笑んだ。
何日も、何日も逃げ続けた。そしてついに、二人は鬱蒼とした森を抜け、潮の香りがする開けた場所へとたどり着いた。目の前に広がっていたのは、どこまでも続く青い海。そして、様々な国の船が行き交う、活気に満ちた大きな港町だった。
そこは、どの国の支配も受けない自由貿易都市「アクアリア」。実力さえあれば、どんな過去を持つ者でも受け入れられるという、自由の街。
地平線の向こうから、ゆっくりと朝日が昇り始めていた。黄金色の光が、きらめく海の水面を照らし、二人の疲弊しきった身体を優しく包み込む。
長く、暗い夜が明けたのだ。
二人は、ようやく安堵の息をついた。追手の気配はもうない。ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
朝日を浴びながら、二人はどちらからともなく向き合った。そして、まるで儀式のように、改めて自己紹介をする。
「俺はケイト。平民出身の、ただのアルファだ」
ケイトが、少し照れくさそうに言った。
セシルは、最高の笑顔で答えた。
「僕はセシル。同じく平民出身の、ただのオメガだよ」
身分も、性別も、偽りの名前も、全てを捨てた。貴族令嬢セシリアでも、特待生ケイトでもない。ただの「ケイト」と「セシル」になった二人。
どちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねた。それは、初めて交わす、優しくて、しょっぱい味がするキスだった。これまでの苦しみと、これからの希望、その全てが溶け合ったような、誓いの口付け。
「愛してる、セシル」
「僕もだよ、ケイト」
これからは、二人で未来を築いていく。困難はまだあるかもしれない。それでも、隣に愛する人がいれば、もう何も怖くはなかった。
朝日が完全に昇りきり、世界を明るく照らし出す。二人の本当の人生が、今、この場所から始まった。
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