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しおりを挟むしばらく穏やかな日が続いたかと思えば、突然事件が起きる。
それは我がシルベール侯爵家が開いた、絵の品評会でのこと。通常であれば、リリーローズ嬢とジークリード様が愛を深めるタイミングであったが、諸事情で延期されていた。
そこに彼女が現れたらしい。
侍女の一人が顔を覚えていて、教えてくれた。
彼女は誰かを待つように入り口に陣取っている。大方、ジークリード様だと思うけど、彼は今日来られないと連絡があった。
それを教えるべきか否か、迷ってしまう。出来れば接点は少ない方がいいかな、とも思う。
もしかしたらジークリード様に求められて、婚約破棄が本格的に怖くなったのかもしれない。
「……」
それでもやっぱり放っておくことができなくて、一つ息を吐き出し近づいた。私に気づいたリリーローズ嬢が顔を上げる。
「あなた……ジークリード様は?」
「彼は今日、不在にすると連絡がありました。他に用事がないなら、お帰りになったら?」
扇を開いて口元を隠す。彼女の前だと何故か、こんな物言いになってしまう。リリーローズ嬢は、キッと睨み付けて「嘘よ」と言った。
「今日、ここでジークリード様に会うはずなのよ! そもそも延期したのだって嫌がらせでしょ? 早く彼と別れなさいよ!」
「延期したのは納入予定の絵画の到着が遅れたからよ。こちらでどうこうしたわけじゃないわ」
「なら彼がいないのは!? この後来るんでしょ? 隠したって無駄なんだから!」
フイッとそっぽを向く。完全にジークリード様と結ばれると思い込んでいるのか、私の言葉など聞く耳持たない。
呆れて物も言えなくなる。
「隠したって思うのは自由だけど、私は伝えましたからね。ここに残るのなら好きにしてちょうだい」
とにかく、それだけ言って離れる。そのあとは会場としている庭園と温室を行き来して、訪れた貴賓たちの相手をして忙しかった。
だけど、品評会自体は想定よりも盛況で、懇意にしていた画家たちは皆喜んでくれた。
けれど、その喜びに水を差すようにリリーローズが現れる。
来客を見送ったあとの正門前。周りに人が少なくなったタイミングで、彼女は険しい顔をして私に詰め寄ってくる。
「ねえ、どうしてジークリード様が来ないの!?」
「私は言ったわ。今日は不在にすると」
「あんなの嘘だと思うじゃない」
「嘘じゃないとも言いました」
無駄な押し問答になお、言い返そうとしたリリーローズ嬢。けど、顔を上げた彼女は急にパッと明るくさせる。なんだろう、と思う間もなく横をすり抜け駆けていった。
「ジークリード様っ!」
弾んだ声で駆け寄った彼女は、馬車から降りてきたジークリード様に抱きつく。
私は振り返ってすぐ息をのんだ。胸が苦しくなる。それは記憶にある二人の姿そのものだったから。まるで、身を引けと言われているようだった。
けどその直後、一瞬右耳に痛みが走る。
「っ! ……?」
それはすぐにおさまり、目を戻すとジークリード様の不快そうな顔が見えた。思い切り眉根を寄せて、リリーローズ嬢を剥がしている。
「……いい加減にしてくれないかな。親しくない相手に突然抱きつくなんて、人としてどうかと思うよ」
「でも私とあなたは運命で結ばれていて……」
躊躇うように、けど精一杯リリーローズ嬢はその言葉を告げる。ジークリード様はスッと目を細めて、淡々と返した。
「それは違うね。悪いけど、全部調べさせてもらったから」
「え……?」
これには端から聞いていた私も驚いてしまう。リリーローズ嬢は「どういうことですか」と聞いた。
「調べたって、前世を調査したんですか?」
「君の言う前世、それとミリィの言った天啓。それらについて、過去に似た事例がないか調べたんだ」
そう、ジークリード様は言った。
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