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しおりを挟む都心のホテルを飛び出して、目的もなく彷徨う。あまりの驚きに何も考えられなくなっていた。フラフラと歩くうちにポツリと頬へ雫が落ちてくる。つい立ち止まり、空を見上げる。暗い夜空から雨が降り始めていた。
「……」
凛子はそっと目を閉じる。
初めから省吾が秋名と親密だったと、凛子は思っていなかった。特に、省吾の方が秋名を気にしている様子をほとんど見られなかったからだ。
結婚式で牽制してきたところを見ると、秋名の方には気持ちがあったようだが。
けれど、まだコウノトリプロジェクトが進む前は、二人の接点は今よりずっと少なかった。秋名の兄と省吾が友人同士で、そこに秋名がたまにいた、と聞いた程度で会社でも距離はあった。
実際、省吾からも『最近秋名が懐いてくるんだ』と言われるまでは二人でいる姿が見られず噂など皆無。それどころか、その時期は省吾の目に凛子しか映ってないんじゃないか、と言われていたほどだった。
ある時、会社の廊下で誘われる。
『次の休みはどうだろうか』
省吾はそれまでも、凛子の休みに予定を入れられないか、と度々声をかけていた。一部ではプロジェクトで選ばれただけだというのを払拭するためだ、などと言われていたが、当の省吾はずいぶん必死に見えた。
凛子は忙しさのピークで、あまり色よい返事も出来た覚えがない。
『次は…予定があって』
『そうか、無理を言ってすまない。どこか同行出来そうな時には声をかけて欲しい』
『当分社内にいる予定なので難しいと思います』
『ならば帰宅の時間に送るのはダメだろうか。も、もちろん! 最寄駅までだ。家までなど言うまい』
しかし、不満を言われたことはなかった。むしろどこか焦りを見せる省吾にキョトンとした凛子も、つい笑みをこぼす。『じゃあ、お言葉に甘えて』と返した頃を思い出した。
「叩くなんて……」
頬の痛みよりも、ギリギリ保っていた信頼が崩れていくようだった。凛子は無意識のうちに自宅を目指す。それに気づいたのは、住んでいるマンションが見えてきてからだった。
知らずに亮とベビーシッターを置いてきてしまったと思い出した凛子は、急いで連絡を取った。少し遅れるが、自宅に息子を連れてきてくれると話し終えた彼女は吸い込まれるようにエントランスへ向かう。
乗り込んだエレベーターの鏡に自身の顔が映る。叩かれた頬はもう赤みが引いている。だが、ジンジンと脈打つ痛みが夢幻じゃないと教えていた。
今まで口論になっても手は出さなかった。それなのに秋名を見て、手を出した省吾にもう希望は見えない。
凛子は鏡に手を置き、そして握りしめる。
「……」
ただ、顔を上げられないままでいる彼女の頬には、雫が伝っていた。
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