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しおりを挟む岡本家の本邸は都心から少し離れた位置にある。車で一、二時間ほどかかるその場所は、夏には暑さをしのげるほど涼しい地域だった。外観は洋風で豪華な佇まいをしており、歴史ある建築様式を採用している。庭の一部は日本庭園寄りだが、調度品には西洋式が多い。
その日、そのお邸には引っ切り無しに来客があった。岡本家後継のお披露目式だということで、親戚一同が集まり始める。皆、岡本家が安泰だということを直接見に来ていた。
そんな慌ただしい雰囲気の中、省吾はひとり焦っていた。数日前の会合から凛子の姿を見ていない。加えて、昨夜からは連絡すら取れていなかった。
庭園に続く渡り廊下を何度も行き来する省吾は、またスマートフォンを耳に当てては不通の伝言に苛立ち、掛け直すことを繰り返している。
「アイツ……」
先日頬を叩いてしまったのは、さすがにやり過ぎだったと省吾は考えていた。だからこそ、何度も声をかけようとしたが彼女は取り合うこともなく、次第に省吾も意地を張ってしまう。
そもそも先に手を出したアイツが、全て悪いんだ、と。
自分が下手に出てれば調子に乗って、と昨夜には秋名に愚痴り始める始末。自分は悪くない、と言い、それを肯定されて頷いていた。どうせ時間が解決する、と楽観的に考えていた。
だがいざ、連絡が取れない時間が増えれば増えるほど、不安になっていく。もし本当に凛子がいなくなったら──掠めた考えは、後ろから声をかけられてフッと消えた。
振り返ると部下の佐藤が駆け寄ってくるところだった。
「岡本副社長! ここにいたんですね。探しました」
「なんだ。まだ挨拶の時間にはなってないだろう?」
「いえ、始まる前にお会いしたいという方がいらっしゃって……弁護士の方のようです」
「弁護士?」
チラッと佐藤が視線を動かす。渡り廊下の先、出入口側に男性が二人並んでいた。招待客とは雰囲気が変わり、厳しい表情のまま会場になる予定の広間を見ていた。彼らは省吾の視線に気づくと体の向きを変え、軽く頭を下げる。
省吾は舌打ちして、冷たい声を出した。
「何の話か知らないが、大方うちの会社で顧問を狙う営業だろう。断れ」
「それが奥様の依頼でいらしたそうで、この後、奥様が出るはずの時間に代わりに出ると話しています」
「代わりだと? どういうことだ?」
自分は凛子と連絡すら取れていないのに、弁護士なんてものが現れる。怪訝に眉をひそめたが、部下の佐藤も「詳しくはなにも」と首を振るだけ。省吾は一つ息を吐いて「そうか」と答えた。
「分かった。話を聞こうじゃないか」
省吾がそのまま佐藤を押しのけて、出入口に向かう。省吾がそばに来ると男性の一人が前に出た。彼は名刺を差し出しながら、名乗り始める。
「私は弁護士の藤波です。隣の彼が助手の吉井。本日は、奥様の岡本凛子さんから依頼を受けて参りました」
吉井が小さく頭を動かす。省吾は受け取った名刺を見ながら返した。
「ああ、そうらしいな。凛子の依頼なら私のことも知っているんだろう?」
一拍置いて、藤波が「そうですね」と答えた。
「今日は亮君の誕生日。凛子さんが挨拶する時間に私から伝言をお伝えすることになりました」
「俺は許可してないが」
「すでにご当主から承諾を得ています」
「……」
すかさず返された言葉に省吾が動きを止める。眉間のしわを深め、不快そうな顔をした。
「父にもう会ったのか」
「ええ、もちろん。こちらに伺ったのは挨拶だけですから」
省吾が不満げに口を開きかける。だが自分を呼ぶ叔母の声に口をつぐんだ。にこやかに挨拶に来る叔母たちと入れ違いに、彼らは省吾に頭を下げるとその場を離れていく。
その背を見ながら、叔母たちを会場になる本邸中央広間に案内する。
彼らが流れるように中に入ると、間を置かず広間の扉が閉められた──。
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