クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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9 謝罪

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 その後も無言で俺を触ってくるロッドは、無表情で何を考えているのかわからない。

 整った顔立ちで、なんとも気怠そうな佇まいだ。俺とは気が合わなさそう。

「……名前は?」

 静かに問いかけられて、目を瞬く。なんで俺に訊くんだ。犬は喋れないんだぞ。

 無視していれば、ロッドがフロイドの肩を叩いた。

「名前は?」
「え?」
「犬の名前」

 時が止まった。
 見るからに動揺するフロイドは「な、名前?」と肩を揺らす。そうだな。俺の名前はウィルだけど。彼らは犬姿の俺をウィルのペットだと思っている。馬鹿正直に名前を教えればちょっとした混乱が生じてしまうだろう。

「えっと。それはまだ。最近飼い始めたばかりなので」

 しどろもどろに紡ぐフロイドは、「触らないでくださいよ」とようやく俺をロッドから遠ざけてくれた。遅いぞ。もう割と好き勝手に触られている。

 ふーんと曖昧な態度のロッドは、「ウィル様は犬がお好きなの?」とさらにどうでもいい質問を重ねてくる。それ聞いてどうすんの? 普段会うこともない公爵家の次男が犬好きかどうかなんてどうでもよくない?

 ちなみに俺は別に犬好きではない。
 だがフロイドは「そのようですね」と適当な返事をしている。ロッドの相手が面倒になったのだろう。

 なんだか退屈になって、ふわぁと大きな欠伸をする。その瞬間である。

 大きく開けた俺の口に、なぜかロッドが人差し指を突っ込んできた。え? とは思ったが、気にせず口を閉じる。パクッと彼の指をくわえる形になったが、ロッドは気にせずのんびりしている。

「……おまえ、なんか噛まれてない?」

 ビリーが遠慮がちに指摘してきた。フロイドが「ちょっと! やめなさい!」と俺のせいにしてくる。どう見ても、人の口に指突っ込んできたロッドが悪いだろうがよ。

「甘噛みだから大丈夫ですよ」

 何事もなく答えるロッドは、俺の顎の下を遠慮なくわしゃわしゃしてくる。何すんだ、この野郎。軽々しく触りやがって。文句のひとつでも言ってやろうと吠えてやれば、ロッドがさっと指を抜いた。

 低く唸る俺に、フロイドが慌ててロッドから距離を取る。

「じゃあ私はこれで」

 俺を抱えたまま素早く頭を下げるフロイドに、ビリーが「はい」と軽く応じている。

 ロッドはじっと俺のことを見つめている。犬が好きなのか?

 そうして早足に騎士団連中から離れたフロイドは、わかりやすく安堵の息を吐いた。

「なんでこう余計なことばかりするんですか!」
『なんで俺のせいなんだよ。俺を連れ去ったあいつが悪い』

 そもそも俺から目を離したフロイドも悪いだろ。なんでも人のせいにしやがって。

『おろせ! 俺は走る!』
「頼むからおとなしくしててくださいよ」

 ふんふんと鼻息荒く前足を動かすが、フロイドは逆に俺を抱える腕に力を込めてしまう。

『俺はこんなに可愛い犬なのに。いじめるとはどういうことだ』
「自分で可愛いとか言わないでください」
『可愛いだろ?』
「……」

 ついには俺を無視し始めたフロイドは、真っ直ぐに殿下の元へと向かった。ディック兄上が、もう一度殿下に謝罪してこいと言っていた。謝罪なら先日やったけどな?

『殿下ぁ。ダリス殿下ぁ。可愛い俺がやって来たぞ』

 喜べとキリッとした表情を作れば、俺を出迎えた殿下が半眼になった。なんだ、その顔は。喜べって言ってるだろうが。

「やはりまだ元には戻らないのか」
「はい」

 真剣な様子でフロイドの報告を聞くダリス殿下は、執務机に戻ると偉そうに腰掛けた。そのまま深いため息を吐いている。

 俺は殿下に再度の謝罪をするためわざわざ足を運んだのだ。ちゃんとしないと兄上がうるさいからな。気は乗らないが、早々に頭を下げておこう。

『殿下ぁ。なんかごめんね』
「……」

 可愛く謝ってやったのに、殿下は難しい顔で俺を凝視してくる。

『俺が可愛いからってそんなに見つめるなよ。照れる』

 へへっと笑えば、殿下がフロイドを見つめた。それを受けて、フロイドが青い顔で俺を見下ろしてくる。俺は現在、フロイドの腕の中。

「ちゃんと謝罪してくださいよ」

 小声でそんなことを言ってくるフロイドに首を捻る。ちゃんと謝罪したけど?

 前足を忙しく動かしておろせアピールをする。殿下を窺ったフロイドは、ゆっくり俺を床におろした。

『殿下ぁ。ごめんね。でもカルロッタ嬢も俺のこと好きって言ってた』
「ウィル様!」

 悲痛な声で俺を拾い上げるフロイドは青い顔をしていた。せっかく自由になれたのに。再び捕まった俺は『なにをする!』と大声で抗議しておく。

「カルロッタが本当にそんなことを言ったのか?」

 真顔で問いかけてくるダリス殿下を見上げる。

『言ったようなぁ。言わないようなぁ?』
「おい、ウィル」
『ひぇ……!』

 フロイドに抱えられている俺へと遠慮なく近寄ってきた殿下は、俺の頭をガシッと掴んでくる。

 まずい。殿下がお怒りだ。

 おどおどするフロイドは俺を助けてくれそうにない。ここは自力でどうにかするしか。

『許してぇ』

 幸い俺は可愛い犬姿。精一杯に可愛こぶって上目遣いで許しを請えば、殿下が隠しもしない舌打ちをした。ガラの悪い王子だな。
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