クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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「ウィルくんのことで、なにか誤解があるようでしたので」
「誤解もなにも。ウィルが君に、その」

 もごもごと口ごもるダリス殿下は、俺に責めるような視線を送ってくる。それを受けてゆっくりと首を左右に振るカルロッタ嬢は「なにもありません」とちょっと怒ったような声を出す。

「そもそも! 殿下は私が別の殿方に手を出すようなはしたない女だと思っているのですか」
「そ、そんなわけ」

 言葉では否定しつつも、殿下のこれまでの態度からすればカルロッタ嬢のことを疑っていたことは明白である。途端に勢いをなくす殿下が面白くてニヤニヤしていれば目敏く察した殿下に睨まれたので、すかさずカルロッタ嬢の胸に顔を埋めておく。

 もはや空気に徹するフロイドは目が死んでいた。なにも言葉を発しないロッドは、おそらく呑気に佇んでいるに違いない。

「だが、どうして近衛兵を撒いて宿に」

 食い下がる殿下に、カルロッタ嬢が「撒いてなどおりません」と断言した。

「街で声をかけられて。それが殿下が可愛がっているウィルくんだと気が付いたものですから」
「可愛がってはいない。目を離すとなにをしでかすかわからないから仕方なく面倒を見ているだけだ」

 どうでもいい訂正を挟む殿下は「なぜ宿に」と食い下がる。

「そこにあったので」
「はぁ?」

 迷いなく答えるカルロッタ嬢はすごい。俺も見習いたいくらいの堂々たる振る舞いであった。

「人目のないところで話をしたかっただけです。宿が人目を避けるのにちょうどよかっただけです」
「そんな言い訳」

 ギロッと殿下を睨みつけたカルロッタ嬢は強い。俺は優しくて強い美人なお姉さんが大好きだ。ぶんぶん尻尾を振りながら殿下を振り返る。ニヤッと得意気に笑ってやれば、ダリス殿下が静かに拳を握ったのが見えて顔を背ける。

「言い訳と言いますけど。殿下は今回の件に関して私に話を聞きましたか?」
「い、いや。それは」
「護衛の言うことを真に受けて一方的にウィルくんを叱ったのでは?」
「……」

 そっと視線を逸らす殿下は図星だったらしい。
 目を閉じて深く息を吐くカルロッタ嬢は、やがて顔を上げて殿下を見据えた。

「私は単にウィルくんとお酒を飲んでいただけです! あ、もちろんウィルくんには飲ませていませんが」
「なんだって?」

 目を瞬く殿下は、「君、酒とか飲むのか」と驚いている。気にするのはそこなんだ。俺の無実についてもうちょい興味持てや。

 だがこの殿下の態度に腹を立てたのは俺だけではなかったらしい。

「それですよ! それ!」
「……は?」

 ぎゅっと俺を抱きしめるカルロッタ嬢は「殿下のその思い込みのせいです」と声を荒げた。

「私がお酒を飲んでなにか悪いですか? 殿下が私のことを愛してくださっていることは知っています。でも私はあなたが思っているほどにお淑やかな女ではありません!」
「カ、カルロッタ?」

 きっぱり言い切ったカルロッタ嬢は「あー、言っちゃった」と今更のように顔を俯ける。だが引くつもりはないようで、「少しは私の話も聞いてください」と締め括った。

 一方的に言われた殿下は唖然としている。だが、カルロッタ嬢の言葉に思うところがあったのか。頬を掻いて気まずそうに視線を彷徨わせている。

「……その、カルロッタ」
「なんでしょうか」

 澄まし顔で応じるカルロッタ嬢に、殿下がわざとらしい咳払いをした。しかし何かを決意した彼は、彼女を見据えておそるおそるといった様子で口を開いた。

「ウィルとは、なにもなかったのか?」

 絞り出された問いに、カルロッタ嬢が頷いた。

「護衛を撒いたつもりもありません。ウィルくんを連れて宿に入ったら彼らが勝手に後をついてくるのをやめてしまったんです」
「そ、そうなのか」

 引き攣った顔をする殿下は、天を仰いで額を押さえている。どうやら俺の無罪を信じてくれたらしい。へへっと笑っておく。

 なんだか俺に対して微妙な視線を投げる殿下は、「悪かった」とカルロッタ嬢の肩を抱いた。

「君の話もきちんと聞くべきだった」
「わかっていただけて安心しました」

 仲良く寄り添うふたりの間で半眼になる。
 カルロッタ嬢に抱えられたまま腕を伸ばして殿下のことをぐいぐい押してやる。それに気が付いたカルロッタ嬢が小さく笑った。

「この子、殿下のことはあまり好きじゃないのかしら?」
「だろうな」

 短く吐き捨てるダリス殿下は半眼であった。

「ところで、この子どうしたの?」
「え」

 固まる殿下は、冷や汗をかいている。
 カルロッタ嬢の口から俺の無罪を聞いた今、まさか怒った聖女によって犬にされた俺だとは言えなかったのだろう。そんなことがカルロッタ嬢に知られたら、彼女はきっと激怒するから。

「そ、それはウィルが拾ってきたんだ」
「まぁ」

 目を丸くするカルロッタ嬢の腕の中で、俺も同じように目を見開く。この野郎。誤魔化しやがった。

 カルロッタ嬢に怒られてしまえと鼻息荒く真実を教えてやろうとするが、その前に殿下が俺をカルロッタ嬢から奪い取る。さりげなく俺の口を塞いでくる殿下はクソだ。

「あとでウィルに返しておくよ」
「そうですか。可愛い子ですね」

 くすりと笑うカルロッタ嬢は、やっぱり綺麗であった。
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