クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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18 先輩

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「あれ? なにしてるの、ロッド」

 ロッドの荷造りを見学しながら狭い室内を歩き回っていると、前触れなくドアが開いた。

 不思議そうな顔で入ってきたのは細身の男である。だが美人。すごく美人。はわわと体を小さく震わせる俺は、一目散に美人さんへと駆け寄っていく。足元に戯れつけば、美人さんが「ん?」と首を傾げながら屈んでくれた。

「犬だ。どうしたの」

 優しく頭を撫でられて、へへっと笑う。にやけてしまう顔のまま抱っこしてくれとアピールする。

 艶やかな黒髪が、彼が動くたびにはらりと揺れている。決して女顔ではないのだが、妙に色気のある美人さんだ。俺の望み通りに抱っこしてくれた彼は、ロッドの荷物を覗き込んで「どしたの」と目を瞬く。先輩、と真面目な顔で姿勢を正すロッドは意を決するかのように頭を下げた。

「お世話になりました」
「え? うん?」

 どうやらロッドがずっと口にしていた先輩とは、この美人さんのことらしい。実にいい先輩をお持ちで。羨ましいぞ。俺に寄越せ。

 横髪を耳にかける仕草が色っぽい。
 ぶんぶん尻尾を振って興奮する俺に、ロッドがなにやら呆れたような視線を注いでくる。

「急にどうしたの? もしかして実家にでも帰るの?」

 お世話になった宣言をしたきり再び荷造りに励むロッド。流石に説明が足りないだろう。同じことを思ったらしい先輩が、ロッドの肩を軽く叩いている。

「いえ、その。移動になりました」
「部屋の? 空き部屋なんてあったっけ?」
「いえ。勤務地が変更になりました」
「え?」

 面食らったように首を傾げる先輩は「今の時期に移動? それ本当に?」とロッドに疑いの目を向け始める。

 気持ちはわからなくもない。移動にしては半端な時期だし、なにより突然過ぎる出来事である。おまけにロッドが言っているだけの状態なので、彼の先輩としてはロッドの勘違いを疑っているのだ。

「どこに移動?」
「アグナス公爵家に」
「……まさかウィル様?」

 真っ先に俺の名前をあげた美人な先輩の胸に頭を埋める。「人懐こいね」と微笑を浮かべる先輩は優しい手つきで撫でてくれる。

「どうしてウィル様のところへ? 何かあったの?」
「えっと」

 聖女とダリス殿下が、魔法の件についてはくれぐれも口外するなとロッドに言い含めていた。それが効いたのか。言葉を探すロッドは当たり障りのない説明を始める。

「僕、犬が好きで」
「うん?」
「ウィル様が犬を飼い始めて、そのお世話を任されました」
「……犬の」

 呆然とする先輩に、ロッドはきらきらと目を輝かせている。まさかという顔で腕の中にいる俺を見下ろした先輩は「この子?」と俺を揺らした。

「あ、はい。そうです。ウィル様が拾った犬です」
「へ、へぇ」

 引き攣った笑みを浮かべた先輩は、「ウィル様も自由だね」と妙な感想をこぼした。まぁ、俺は自由を大事にしてはいるけど。

「もう引っ越すの?」
「はい。今からです」

 荷物を準備し終わったロッドは、鞄を肩にかけると俺に向かって手を伸ばす。

「行きますよ、ウィル様」
「?」
「の犬」

 怪訝な顔をする先輩を見て、ロッドが急いで言葉を付け足した。なんとか誤魔化すロッドを心の中で応援する。

「では、僕はこれで。お世話になりました」

 ぺこりと頭を下げるロッドは、再度俺に向かって手を伸ばす。けれどもまだ美人な先輩と一緒にいたい俺は先輩にしがみつく。ぶんぶん尻尾を振れば、伸ばしたロッドの手にバシバシ当たったが気にしないでおく。

「ウィル様。の犬様」

 俺を妙な呼び方するロッドは半眼で俺を掴む。ジタバタ抵抗してやるが、ロッドは意に介さない。

 そうして片手に鞄、もう片手に俺を抱えたロッドは颯爽と寮をあとにした。

『あー、俺の美人な先輩がぁ』
「あの人は僕の先輩であってウィル様の先輩ではありません」
『ケチなこと言うなよ。あの人なんて名前?』

 教えてとお願いすれば、ロッドが「ハンクさんです」と吐いた。

『よし。俺の世話係はハンクにする。おまえはクビだ』
「まだ公爵家に足を踏み入れてもいないのに」

 クビになるのがはやすぎると嘆くロッドは、ゆったりとした足取りでフロイドと合流した。

「勝手に走っていかないでください! ウィル様を連れていかないで!」
「はい。わかりました」
「本当にわかっているんですか?」

 フロイドの小言に真っ直ぐな視線で頷くロッドは、その間も俺をぎゅっと抱きしめている。

 行きに乗ってきた馬車に再び乗り込んで、小窓から外を覗く。フロイドに続いてロッドも乗り込んできた。

「なんで私がこんな苦労を。ただでさえウィル様の面倒見ないといけないのに、こんな間抜けの面倒まで」

 ずっとぐちぐち言っているフロイドは大変そうだ。間抜けと言われたロッドは気にせず俺の背中を撫でている。

「僕、犬を飼うのが夢だったんです。でも家が貧乏だったのでそんな余裕がなくて」
『俺はおまえのペットじゃないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『聞いてるか? おまえのペットではないからな?』

 なにやらすごい勘違いをしていそうなロッドは若干浮かれているらしい。心なしか瞳がきらきらしていた。
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