18 / 41
18 先輩
しおりを挟む
「あれ? なにしてるの、ロッド」
ロッドの荷造りを見学しながら狭い室内を歩き回っていると、前触れなくドアが開いた。
不思議そうな顔で入ってきたのは細身の男である。だが美人。すごく美人。はわわと体を小さく震わせる俺は、一目散に美人さんへと駆け寄っていく。足元に戯れつけば、美人さんが「ん?」と首を傾げながら屈んでくれた。
「犬だ。どうしたの」
優しく頭を撫でられて、へへっと笑う。にやけてしまう顔のまま抱っこしてくれとアピールする。
艶やかな黒髪が、彼が動くたびにはらりと揺れている。決して女顔ではないのだが、妙に色気のある美人さんだ。俺の望み通りに抱っこしてくれた彼は、ロッドの荷物を覗き込んで「どしたの」と目を瞬く。先輩、と真面目な顔で姿勢を正すロッドは意を決するかのように頭を下げた。
「お世話になりました」
「え? うん?」
どうやらロッドがずっと口にしていた先輩とは、この美人さんのことらしい。実にいい先輩をお持ちで。羨ましいぞ。俺に寄越せ。
横髪を耳にかける仕草が色っぽい。
ぶんぶん尻尾を振って興奮する俺に、ロッドがなにやら呆れたような視線を注いでくる。
「急にどうしたの? もしかして実家にでも帰るの?」
お世話になった宣言をしたきり再び荷造りに励むロッド。流石に説明が足りないだろう。同じことを思ったらしい先輩が、ロッドの肩を軽く叩いている。
「いえ、その。移動になりました」
「部屋の? 空き部屋なんてあったっけ?」
「いえ。勤務地が変更になりました」
「え?」
面食らったように首を傾げる先輩は「今の時期に移動? それ本当に?」とロッドに疑いの目を向け始める。
気持ちはわからなくもない。移動にしては半端な時期だし、なにより突然過ぎる出来事である。おまけにロッドが言っているだけの状態なので、彼の先輩としてはロッドの勘違いを疑っているのだ。
「どこに移動?」
「アグナス公爵家に」
「……まさかウィル様?」
真っ先に俺の名前をあげた美人な先輩の胸に頭を埋める。「人懐こいね」と微笑を浮かべる先輩は優しい手つきで撫でてくれる。
「どうしてウィル様のところへ? 何かあったの?」
「えっと」
聖女とダリス殿下が、魔法の件についてはくれぐれも口外するなとロッドに言い含めていた。それが効いたのか。言葉を探すロッドは当たり障りのない説明を始める。
「僕、犬が好きで」
「うん?」
「ウィル様が犬を飼い始めて、そのお世話を任されました」
「……犬の」
呆然とする先輩に、ロッドはきらきらと目を輝かせている。まさかという顔で腕の中にいる俺を見下ろした先輩は「この子?」と俺を揺らした。
「あ、はい。そうです。ウィル様が拾った犬です」
「へ、へぇ」
引き攣った笑みを浮かべた先輩は、「ウィル様も自由だね」と妙な感想をこぼした。まぁ、俺は自由を大事にしてはいるけど。
「もう引っ越すの?」
「はい。今からです」
荷物を準備し終わったロッドは、鞄を肩にかけると俺に向かって手を伸ばす。
「行きますよ、ウィル様」
「?」
「の犬」
怪訝な顔をする先輩を見て、ロッドが急いで言葉を付け足した。なんとか誤魔化すロッドを心の中で応援する。
「では、僕はこれで。お世話になりました」
ぺこりと頭を下げるロッドは、再度俺に向かって手を伸ばす。けれどもまだ美人な先輩と一緒にいたい俺は先輩にしがみつく。ぶんぶん尻尾を振れば、伸ばしたロッドの手にバシバシ当たったが気にしないでおく。
「ウィル様。の犬様」
俺を妙な呼び方するロッドは半眼で俺を掴む。ジタバタ抵抗してやるが、ロッドは意に介さない。
そうして片手に鞄、もう片手に俺を抱えたロッドは颯爽と寮をあとにした。
『あー、俺の美人な先輩がぁ』
「あの人は僕の先輩であってウィル様の先輩ではありません」
『ケチなこと言うなよ。あの人なんて名前?』
教えてとお願いすれば、ロッドが「ハンクさんです」と吐いた。
『よし。俺の世話係はハンクにする。おまえはクビだ』
「まだ公爵家に足を踏み入れてもいないのに」
クビになるのがはやすぎると嘆くロッドは、ゆったりとした足取りでフロイドと合流した。
「勝手に走っていかないでください! ウィル様を連れていかないで!」
「はい。わかりました」
「本当にわかっているんですか?」
フロイドの小言に真っ直ぐな視線で頷くロッドは、その間も俺をぎゅっと抱きしめている。
行きに乗ってきた馬車に再び乗り込んで、小窓から外を覗く。フロイドに続いてロッドも乗り込んできた。
「なんで私がこんな苦労を。ただでさえウィル様の面倒見ないといけないのに、こんな間抜けの面倒まで」
ずっとぐちぐち言っているフロイドは大変そうだ。間抜けと言われたロッドは気にせず俺の背中を撫でている。
「僕、犬を飼うのが夢だったんです。でも家が貧乏だったのでそんな余裕がなくて」
『俺はおまえのペットじゃないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『聞いてるか? おまえのペットではないからな?』
なにやらすごい勘違いをしていそうなロッドは若干浮かれているらしい。心なしか瞳がきらきらしていた。
ロッドの荷造りを見学しながら狭い室内を歩き回っていると、前触れなくドアが開いた。
不思議そうな顔で入ってきたのは細身の男である。だが美人。すごく美人。はわわと体を小さく震わせる俺は、一目散に美人さんへと駆け寄っていく。足元に戯れつけば、美人さんが「ん?」と首を傾げながら屈んでくれた。
「犬だ。どうしたの」
優しく頭を撫でられて、へへっと笑う。にやけてしまう顔のまま抱っこしてくれとアピールする。
艶やかな黒髪が、彼が動くたびにはらりと揺れている。決して女顔ではないのだが、妙に色気のある美人さんだ。俺の望み通りに抱っこしてくれた彼は、ロッドの荷物を覗き込んで「どしたの」と目を瞬く。先輩、と真面目な顔で姿勢を正すロッドは意を決するかのように頭を下げた。
「お世話になりました」
「え? うん?」
どうやらロッドがずっと口にしていた先輩とは、この美人さんのことらしい。実にいい先輩をお持ちで。羨ましいぞ。俺に寄越せ。
横髪を耳にかける仕草が色っぽい。
ぶんぶん尻尾を振って興奮する俺に、ロッドがなにやら呆れたような視線を注いでくる。
「急にどうしたの? もしかして実家にでも帰るの?」
お世話になった宣言をしたきり再び荷造りに励むロッド。流石に説明が足りないだろう。同じことを思ったらしい先輩が、ロッドの肩を軽く叩いている。
「いえ、その。移動になりました」
「部屋の? 空き部屋なんてあったっけ?」
「いえ。勤務地が変更になりました」
「え?」
面食らったように首を傾げる先輩は「今の時期に移動? それ本当に?」とロッドに疑いの目を向け始める。
気持ちはわからなくもない。移動にしては半端な時期だし、なにより突然過ぎる出来事である。おまけにロッドが言っているだけの状態なので、彼の先輩としてはロッドの勘違いを疑っているのだ。
「どこに移動?」
「アグナス公爵家に」
「……まさかウィル様?」
真っ先に俺の名前をあげた美人な先輩の胸に頭を埋める。「人懐こいね」と微笑を浮かべる先輩は優しい手つきで撫でてくれる。
「どうしてウィル様のところへ? 何かあったの?」
「えっと」
聖女とダリス殿下が、魔法の件についてはくれぐれも口外するなとロッドに言い含めていた。それが効いたのか。言葉を探すロッドは当たり障りのない説明を始める。
「僕、犬が好きで」
「うん?」
「ウィル様が犬を飼い始めて、そのお世話を任されました」
「……犬の」
呆然とする先輩に、ロッドはきらきらと目を輝かせている。まさかという顔で腕の中にいる俺を見下ろした先輩は「この子?」と俺を揺らした。
「あ、はい。そうです。ウィル様が拾った犬です」
「へ、へぇ」
引き攣った笑みを浮かべた先輩は、「ウィル様も自由だね」と妙な感想をこぼした。まぁ、俺は自由を大事にしてはいるけど。
「もう引っ越すの?」
「はい。今からです」
荷物を準備し終わったロッドは、鞄を肩にかけると俺に向かって手を伸ばす。
「行きますよ、ウィル様」
「?」
「の犬」
怪訝な顔をする先輩を見て、ロッドが急いで言葉を付け足した。なんとか誤魔化すロッドを心の中で応援する。
「では、僕はこれで。お世話になりました」
ぺこりと頭を下げるロッドは、再度俺に向かって手を伸ばす。けれどもまだ美人な先輩と一緒にいたい俺は先輩にしがみつく。ぶんぶん尻尾を振れば、伸ばしたロッドの手にバシバシ当たったが気にしないでおく。
「ウィル様。の犬様」
俺を妙な呼び方するロッドは半眼で俺を掴む。ジタバタ抵抗してやるが、ロッドは意に介さない。
そうして片手に鞄、もう片手に俺を抱えたロッドは颯爽と寮をあとにした。
『あー、俺の美人な先輩がぁ』
「あの人は僕の先輩であってウィル様の先輩ではありません」
『ケチなこと言うなよ。あの人なんて名前?』
教えてとお願いすれば、ロッドが「ハンクさんです」と吐いた。
『よし。俺の世話係はハンクにする。おまえはクビだ』
「まだ公爵家に足を踏み入れてもいないのに」
クビになるのがはやすぎると嘆くロッドは、ゆったりとした足取りでフロイドと合流した。
「勝手に走っていかないでください! ウィル様を連れていかないで!」
「はい。わかりました」
「本当にわかっているんですか?」
フロイドの小言に真っ直ぐな視線で頷くロッドは、その間も俺をぎゅっと抱きしめている。
行きに乗ってきた馬車に再び乗り込んで、小窓から外を覗く。フロイドに続いてロッドも乗り込んできた。
「なんで私がこんな苦労を。ただでさえウィル様の面倒見ないといけないのに、こんな間抜けの面倒まで」
ずっとぐちぐち言っているフロイドは大変そうだ。間抜けと言われたロッドは気にせず俺の背中を撫でている。
「僕、犬を飼うのが夢だったんです。でも家が貧乏だったのでそんな余裕がなくて」
『俺はおまえのペットじゃないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『聞いてるか? おまえのペットではないからな?』
なにやらすごい勘違いをしていそうなロッドは若干浮かれているらしい。心なしか瞳がきらきらしていた。
295
あなたにおすすめの小説
どうも、卵から生まれた魔人です。
べす
BL
卵から生まれる瞬間、人間に召喚されてしまった魔人のレヴィウス。
太った小鳥にしか見えないせいで用無しと始末されそうになった所を、優しげな神官に救われるのだが…
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
悪役令嬢の兄、閨の講義をする。
猫宮乾
BL
ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。
見習い薬師は臆病者を抱いて眠る
XCX
BL
見習い薬師であるティオは、同期である兵士のソルダートに叶わぬ恋心を抱いていた。だが、生きて戻れる保証のない、未知未踏の深淵の森への探索隊の一員に選ばれたティオは、玉砕を知りつつも想いを告げる。
傷心のまま探索に出発した彼は、森の中で一人はぐれてしまう。身を守る術を持たないティオは——。
人嫌いな子持ち狐獣人×見習い薬師。
大好きな獅子様の番になりたい
あまさき
BL
獣人騎士×魔術学院生
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
カナリエ=リュードリアには夢があった。
それは〝王家の獅子〟レオス=シェルリオンの番になること。しかし臆病なカナリエは、自身がレオスの番でないことを知るのが怖くて距離を置いてきた。
そして特別な血を持つリュードリア家の人間であるカナリエは、レオスに番が見つからなかった場合彼の婚約者になることが決まっている。
望まれない婚姻への苦しみ、捨てきれない運命への期待。
「____僕は、貴方の番になれますか?」
臆病な魔術師と番を手に入れたい騎士の、すれ違いラブコメディ
※第1章完結しました
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
長編です。お付き合いくださると嬉しいです。
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ゲームにはそんな設定無かっただろ!
猫宮乾
BL
大学生の俺は、【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームのテストのバイトをしている。異世界の魔法学園が舞台で、女性がいない代わりにDomやSubといった性別がある設定のゲームだった。特にゲームが得意なわけでもなく、何周もしてスチルを回収した俺は、やっとその内容をまとめる事に決めたのだが、飲み物を取りに行こうとして階段から落下した。そして気づくと、転生していた。なんと、テストをしていたBLゲームの世界に……名もなき脇役というか、出てきたのかすら不明なモブとして。 ※という、異世界ファンタジー×BLゲーム転生×Dom/Subユニバースなお話です。D/Sユニバース設定には、独自要素がかなり含まれています、ご容赦願います。また、D/Sユニバースをご存じなくても、恐らく特に問題なくご覧頂けると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる