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連載
エリシアの本心
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不思議な柔らかさ。ふんわりとは違う、粘りのある弾力。素朴な味が口に広がり、エリシアはようやくこれが食べ物だと認識できた。
「い、意外と美味しいじゃない」
実際に口にすれば、虫の卵じゃないと分かる。
柔らかくて、ほのかに甘い。これが米なのかと首を傾げてしまうエリシアである。
エリシアの知っている米は妙に臭くべちゃべちゃと口の中に張り付いて広がるのに、芯が残る絶妙に硬くて不快な食感だった。
こんなに食べ物らしいものじゃなかったはずである。
シンから貰ったおにぎりは噛むのも飲み込むのも苦痛じゃない。
(……これなら普通に食用として使えるわ)
ティンパイン王国の主食は小麦。エリシアの実家であるマルチーズ領もそうだ。
しかし、湿地が多く小麦が育ちづらい土地なので、生産量に対して需要が賄えない。他の領地から購入するしかなかった。
今まで、食用にならない米は飼料として売っていたが、飼料と食用は同じ重さでも金額が大きく違う。何倍もの量を作らなければ生活が立ち行かない。
マルチーズ領はそれなりに広さがあっても、裕福ではなかった。
(米が食べられるなら、うちの貧乏もマシになるかも)
エリシアの婚活が上手くいかない原因の一つである、実家の微妙に低迷した経済状況。
以前は容姿も大きな障壁だった。太った外見や肌荒れがコンプレックスだったけれど、シンのアドバイス通り、やけ食い癖をクッキーから白マンドレイクに置き換え、水分量を増やしたら一気に変わった。同時進行で、エリシアが乗馬にはまったのも大きい。
(でも、うちの頑固なお父様やお兄様が、私のアドバイスを素直に聞くかしら?)
女は顔と愛嬌、勉学は二の次だと思っている時代遅れな連中だ。そんな彼らがエリシアの学園入学を許可したのは、婚活のためだ。
見目のイマイチなエリシアの縁談をまとめるため、同じ年頃の貴族が多く集う学園はうってつけだった。
エリシアとしても、近隣で良い相手がいなかったので同意した。
今では乗馬が楽しくて仕方がないので、続けるためにも条件を色々考えている。痩せてから、男性側の態度も明らかに変わった。それにエリシアは優秀な生徒だ。下手な安売りは、却って危険だと思い始めている。
正直、親や兄のように理想の淑女像を勝手に押し付けてくる相手はろくでなしが多いのだ。
エリシアはおにぎりのあった手を見下ろし、横目でそっとシンを見る。
(シンが男爵家……ううん、商家や騎士の家でもいい。財力か由緒ある家柄だったら)
そこまで考えて、首を振った。シンはドーベルマン伯爵家に目をかけられているとはいえ、平民の少年だ。家族は認めてくれないだろう。
駆け落ちをする勇気がエリシアにはない。そもそも、シンがエリシアを友人としてしか見ていないのは分かっている。
結構毒舌でドライな性格なのに、妙に面倒見が良い。仲間には優しい人だから、友人も多い。
今、温室に集まって彼らだけでなく、錬金術部にも寮の中にも友人がいると会話から察せる。
「どうしたの、エリシア。さっきからずっと俯いているけど」
「ううん、なんでもない。そういえば、米が欲しいのよね。どれくらいあればいい?」
「あればあるだけいい。実はマジックバッグがあるし、入らなかったら倉庫とか借りるから。輸送費とか諸費用全部請求していいから」
思ったより大きく出てきたので、セシリアは慌てる。だが、シンは揺るがずに話を進めようとしている。
「そんなお金、どこにあるのよ?」
「一山当てたから。冒険者業でも結構稼いでるし」
問題ないとシンは断言する。事実、シンは化粧水や美容液などのレシピでかなり収入があった。
慎重派のシンが断言するくらいだからそれなりの資金があると、何も知らないエリシアも信用してしまいそうになる。だが、彼はまだ十代の学生だと思い直そうとした。
「エリシアちゃん。シン君、マジで金持ってんで。心配あらへん」
動揺しているエリシアを後ろから打つような発言をしたのは、ビャクヤだった。
指についた米粒を舐め取りながら、服についていないか確認している。エリシアのほうなんて見ていない。彼女の混乱した様子に気づいていなかった。
エリシアは一縷の望みを見つけてしまったかもしれないのだ。
「い、いっぱいきても知らないからね!」
とりあえず意地っ張りに言い返すのが精一杯のエリシアである。
「い、意外と美味しいじゃない」
実際に口にすれば、虫の卵じゃないと分かる。
柔らかくて、ほのかに甘い。これが米なのかと首を傾げてしまうエリシアである。
エリシアの知っている米は妙に臭くべちゃべちゃと口の中に張り付いて広がるのに、芯が残る絶妙に硬くて不快な食感だった。
こんなに食べ物らしいものじゃなかったはずである。
シンから貰ったおにぎりは噛むのも飲み込むのも苦痛じゃない。
(……これなら普通に食用として使えるわ)
ティンパイン王国の主食は小麦。エリシアの実家であるマルチーズ領もそうだ。
しかし、湿地が多く小麦が育ちづらい土地なので、生産量に対して需要が賄えない。他の領地から購入するしかなかった。
今まで、食用にならない米は飼料として売っていたが、飼料と食用は同じ重さでも金額が大きく違う。何倍もの量を作らなければ生活が立ち行かない。
マルチーズ領はそれなりに広さがあっても、裕福ではなかった。
(米が食べられるなら、うちの貧乏もマシになるかも)
エリシアの婚活が上手くいかない原因の一つである、実家の微妙に低迷した経済状況。
以前は容姿も大きな障壁だった。太った外見や肌荒れがコンプレックスだったけれど、シンのアドバイス通り、やけ食い癖をクッキーから白マンドレイクに置き換え、水分量を増やしたら一気に変わった。同時進行で、エリシアが乗馬にはまったのも大きい。
(でも、うちの頑固なお父様やお兄様が、私のアドバイスを素直に聞くかしら?)
女は顔と愛嬌、勉学は二の次だと思っている時代遅れな連中だ。そんな彼らがエリシアの学園入学を許可したのは、婚活のためだ。
見目のイマイチなエリシアの縁談をまとめるため、同じ年頃の貴族が多く集う学園はうってつけだった。
エリシアとしても、近隣で良い相手がいなかったので同意した。
今では乗馬が楽しくて仕方がないので、続けるためにも条件を色々考えている。痩せてから、男性側の態度も明らかに変わった。それにエリシアは優秀な生徒だ。下手な安売りは、却って危険だと思い始めている。
正直、親や兄のように理想の淑女像を勝手に押し付けてくる相手はろくでなしが多いのだ。
エリシアはおにぎりのあった手を見下ろし、横目でそっとシンを見る。
(シンが男爵家……ううん、商家や騎士の家でもいい。財力か由緒ある家柄だったら)
そこまで考えて、首を振った。シンはドーベルマン伯爵家に目をかけられているとはいえ、平民の少年だ。家族は認めてくれないだろう。
駆け落ちをする勇気がエリシアにはない。そもそも、シンがエリシアを友人としてしか見ていないのは分かっている。
結構毒舌でドライな性格なのに、妙に面倒見が良い。仲間には優しい人だから、友人も多い。
今、温室に集まって彼らだけでなく、錬金術部にも寮の中にも友人がいると会話から察せる。
「どうしたの、エリシア。さっきからずっと俯いているけど」
「ううん、なんでもない。そういえば、米が欲しいのよね。どれくらいあればいい?」
「あればあるだけいい。実はマジックバッグがあるし、入らなかったら倉庫とか借りるから。輸送費とか諸費用全部請求していいから」
思ったより大きく出てきたので、セシリアは慌てる。だが、シンは揺るがずに話を進めようとしている。
「そんなお金、どこにあるのよ?」
「一山当てたから。冒険者業でも結構稼いでるし」
問題ないとシンは断言する。事実、シンは化粧水や美容液などのレシピでかなり収入があった。
慎重派のシンが断言するくらいだからそれなりの資金があると、何も知らないエリシアも信用してしまいそうになる。だが、彼はまだ十代の学生だと思い直そうとした。
「エリシアちゃん。シン君、マジで金持ってんで。心配あらへん」
動揺しているエリシアを後ろから打つような発言をしたのは、ビャクヤだった。
指についた米粒を舐め取りながら、服についていないか確認している。エリシアのほうなんて見ていない。彼女の混乱した様子に気づいていなかった。
エリシアは一縷の望みを見つけてしまったかもしれないのだ。
「い、いっぱいきても知らないからね!」
とりあえず意地っ張りに言い返すのが精一杯のエリシアである。
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