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連載
噂の人物
二週間後、米が届いた。
レニがこっそりと教えてくれたのだがドーベルマン伯爵家からの要請もあって、エリシアの手紙が届く前から動いていたそうだ。
それを知らないエリシアは「やけに素直に動いたわね」と首を傾げたが、シンたちは知らないふりをした。
(そーいえば、僕って監視されているんだっけ? いや、見守りなのか?)
あまりにノータッチなので、国から庇護対象なのを忘れつつあったティンパイン公式神子である自分だ。たまに少し姿を見せるのは、結構な騒動が起きたときくらいだ。自由を謳歌したいので、引き続きそれくらい影が薄くていい。
何はともあれ、愛しいお米が手に入ったので早速調理しに部活へ行く。次はもっと手の込んだご飯のお供も用意したい。そのためには、それなりの器具や調味料が揃った設備が必要だ。
シンの所属する部は、錬金術部を自称する実質料理部だ。
自分の食欲に忠実な連中が集っているので、なんだかんだあっても楽しい。
廊下を歩いていると、なんだか妙に視線がどこかへ注がれているのに気づく。妙に生徒たちがざわめいているようだし、何かあったのだろうか。
シンと一緒にいたレニ、カミーユ、ビャクヤが一瞬だけ顔を見合わせた。
「何かあったのでござるか? 様子を見てくるでござるよ」
一番背の高いカミーユがからりとした明るい声で、ごく自然に歩き出した。少し行くと人だかりが見える。
身長が高いとはいっても、一年生としてだ。まだ成長途上なので、上の学年には負けてしまう。それでも背伸びして何とか原因を探ろうとした。
「ねえねえ、あれって例の?」
「そう。どっちが本物なのかな? って言うか、どっちも偽物だったりして」
ふと、聞こえてきたのは隣の女子生徒たちの会話。この人垣の原因を知っているし、面白がっているのだろう。きゃあきゃあと楽しげに噂話をしている。
「失礼。少々聞きたいのですが、この集まりは一体何なのでしょう?」
今はござる語尾は封印し、元貴族子息らしいノーブル紳士のように振る舞うカミーユ。黙っていれば正統派美少年であるカミーユに声をかけられ、悪い気はしなかったのだろう。一瞬戸惑ったものの、女子生徒たちはすぐに話し出した。
「ええっと、例のあの方が学園にいるんじゃないかって噂あるじゃないですか」
「あの方?」
女子生徒がこそこそと話す。あの方などと遠回しに言うなんて、余程身分が高い御仁なのだろうか。
「神子様ですよ。ティンパイン公式神子様! すごい加護を持っていらっしゃるって話の! お名前もお顔も非公開だけれど、雰囲気やお声からして十代前半くらいの男の子か、女性なんじゃないかって、天狼祭でお会いした貴族の中で噂があったのもあって……だったらうちの生徒にいるかもーって!」
カミーユの背に、一瞬滝汗が流れる。しかし顔には出さず、ふむふむと頷いて誤魔化した。
事実、生徒の中にティンパイン公式神子がいる。今年入学した、普通科の生徒に平民に擬態した存在チートな国宝級加護持ちが。。
本人の希望で、学園でも身分は隠し特別扱いは一切されていない。本人は絶対口を滑らせていないだろうし、今のところ他の護衛や監視からもバレそうになったなんて話もなかった。
「それで、その神子様なんじゃないかって言われているのが二人いて派閥ができているんです」
「ほら、あそこにいる人たち」
指さされた先にいたのは、貴族の生徒を引き連れた気の強そうな少年。
水色の髪に涼し気な紫の瞳、そして褐色の肌。顔立ちはすっきりと整っているが、どことなく高慢な印象がある。
その周囲にいる取り巻き立ちも、似たような印象だ。装飾品や制服を改造しているあたり、貴族の中でも華美な装いを好むタイプだろう。着飾ることに財や手間を惜しまず、その評価こそ絶対と思っている。
もう一人は気弱そうな少女。紅茶を思わせるような赤褐色のセミロングにピンクの瞳。気が弱いのかおどおどとしており、周囲の生徒に守られるようにして俯いている。
男子生徒の取り巻きとは打って変わって、こちらの派閥は平民層がメインのようだ。
貴族と平民の対立。普通なら平民が貴族に譲ることが多いが、派閥が擁護しているのが神子であるなら話は別だ。神子は国王に匹敵する求心力がある。
本物ならば、敵意を向けるのは貴族であろうと不敬である。
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