166 / 222
連載
噂の人物
しおりを挟む二週間後、米が届いた。
レニがこっそりと教えてくれたのだがドーベルマン伯爵家からの要請もあって、エリシアの手紙が届く前から動いていたそうだ。
それを知らないエリシアは「やけに素直に動いたわね」と首を傾げたが、シンたちは知らないふりをした。
(そーいえば、僕って監視されているんだっけ? いや、見守りなのか?)
あまりにノータッチなので、国から庇護対象なのを忘れつつあったティンパイン公式神子である自分だ。たまに少し姿を見せるのは、結構な騒動が起きたときくらいだ。自由を謳歌したいので、引き続きそれくらい影が薄くていい。
何はともあれ、愛しいお米が手に入ったので早速調理しに部活へ行く。次はもっと手の込んだご飯のお供も用意したい。そのためには、それなりの器具や調味料が揃った設備が必要だ。
シンの所属する部は、錬金術部を自称する実質料理部だ。
自分の食欲に忠実な連中が集っているので、なんだかんだあっても楽しい。
廊下を歩いていると、なんだか妙に視線がどこかへ注がれているのに気づく。妙に生徒たちがざわめいているようだし、何かあったのだろうか。
シンと一緒にいたレニ、カミーユ、ビャクヤが一瞬だけ顔を見合わせた。
「何かあったのでござるか? 様子を見てくるでござるよ」
一番背の高いカミーユがからりとした明るい声で、ごく自然に歩き出した。少し行くと人だかりが見える。
身長が高いとはいっても、一年生としてだ。まだ成長途上なので、上の学年には負けてしまう。それでも背伸びして何とか原因を探ろうとした。
「ねえねえ、あれって例の?」
「そう。どっちが本物なのかな? って言うか、どっちも偽物だったりして」
ふと、聞こえてきたのは隣の女子生徒たちの会話。この人垣の原因を知っているし、面白がっているのだろう。きゃあきゃあと楽しげに噂話をしている。
「失礼。少々聞きたいのですが、この集まりは一体何なのでしょう?」
今はござる語尾は封印し、元貴族子息らしいノーブル紳士のように振る舞うカミーユ。黙っていれば正統派美少年であるカミーユに声をかけられ、悪い気はしなかったのだろう。一瞬戸惑ったものの、女子生徒たちはすぐに話し出した。
「ええっと、例のあの方が学園にいるんじゃないかって噂あるじゃないですか」
「あの方?」
女子生徒がこそこそと話す。あの方などと遠回しに言うなんて、余程身分が高い御仁なのだろうか。
「神子様ですよ。ティンパイン公式神子様! すごい加護を持っていらっしゃるって話の! お名前もお顔も非公開だけれど、雰囲気やお声からして十代前半くらいの男の子か、女性なんじゃないかって、天狼祭でお会いした貴族の中で噂があったのもあって……だったらうちの生徒にいるかもーって!」
カミーユの背に、一瞬滝汗が流れる。しかし顔には出さず、ふむふむと頷いて誤魔化した。
事実、生徒の中にティンパイン公式神子がいる。今年入学した、普通科の生徒に平民に擬態した存在チートな国宝級加護持ちが。。
本人の希望で、学園でも身分は隠し特別扱いは一切されていない。本人は絶対口を滑らせていないだろうし、今のところ他の護衛や監視からもバレそうになったなんて話もなかった。
「それで、その神子様なんじゃないかって言われているのが二人いて派閥ができているんです」
「ほら、あそこにいる人たち」
指さされた先にいたのは、貴族の生徒を引き連れた気の強そうな少年。
水色の髪に涼し気な紫の瞳、そして褐色の肌。顔立ちはすっきりと整っているが、どことなく高慢な印象がある。
その周囲にいる取り巻き立ちも、似たような印象だ。装飾品や制服を改造しているあたり、貴族の中でも華美な装いを好むタイプだろう。着飾ることに財や手間を惜しまず、その評価こそ絶対と思っている。
もう一人は気弱そうな少女。紅茶を思わせるような赤褐色のセミロングにピンクの瞳。気が弱いのかおどおどとしており、周囲の生徒に守られるようにして俯いている。
男子生徒の取り巻きとは打って変わって、こちらの派閥は平民層がメインのようだ。
貴族と平民の対立。普通なら平民が貴族に譲ることが多いが、派閥が擁護しているのが神子であるなら話は別だ。神子は国王に匹敵する求心力がある。
本物ならば、敵意を向けるのは貴族であろうと不敬である。
5,595
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。