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第11話 観察
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第11話 観察
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、執務室の窓から中庭を見下ろしていた。
整然と区画された庭園。
配置された木々も、歩道も、すべてが計画通り。
――そして、その一角。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、侍女と短い会話を交わしながら歩いている。
(……無駄がない)
それが、彼女を見た最初の感想だった。
派手な身振りも、声を張り上げることもない。
だが、周囲の動きが自然と彼女を中心に整っていく。
指示は最小限。
だが、伝達は正確。
(有能、という言葉では足りないな)
クロヴィスは、そう評価する。
だが、感心はしても、それ以上の感情は抱いていない――はずだった。
彼は、机に戻り、書類へ視線を落とす。
領内の治安報告。
兵站の再配置案。
交易路の維持費。
いつも通りの業務。
だが――。
(……静かすぎる)
以前は、もっと“雑音”があった。
王都とのやり取り、無駄な挨拶、感情的な抗議。
それらが減った理由は、理解している。
(王宮が混乱している)
ディアナを迎え入れたことで、王都との距離は確実に生じた。
だが、それは想定内だ。
むしろ――。
(問題は、こちらだ)
クロヴィスは、ペンを止める。
彼女は、求めすぎない。
期待しない。
依存しない。
それが、これほど“快適”だとは思わなかった。
昼前。
執事から、短い報告が入る。
「奥様が、倉庫の配置を確認なさりたいと」
「……理由は?」
「『動線が少し非効率に見えたので』と」
クロヴィスは、一瞬考えた。
「許可する」 「ただし、口出しはするな」
「承知いたしました」
執事が下がる。
クロヴィスは、無意識のうちに眉を寄せていた。
(……確認するだけ、か)
権限を主張しない。
だが、見逃しもしない。
(厄介だな)
そう思ったのに、
不快感はなかった。
むしろ。
(……正しい)
午後。
クロヴィスは、執務室を出て回廊を歩いた。
倉庫前で、ディアナが数名の使用人と話している。
「ここを一列に並べ替えるだけで、運搬が楽になると思います」 「……ですが、公爵様の許可が」
「ええ。無理にとは申しません」 「ただ、危険が少し減るかと」
声は穏やかで、押し付けがましさはない。
使用人たちは、戸惑いながらも耳を傾けている。
そこに、クロヴィスが姿を現した。
「続けていい」
短く告げる。
全員が一斉に頭を下げた。
「奥様の提案は妥当だ」 「責任はこちらで取る」
ディアナが、わずかに目を見開いた。
「……ありがとうございます」
その声には、驚きと、ほんの少しの安堵が混じっていた。
(……その表情)
クロヴィスは、なぜか視線を逸らした。
夜。
夕食は、いつも通り同席だが、会話は少ない。
だが、今日はディアナが一言だけ口を開いた。
「本日は、ご配慮をいただき感謝いたします」
「当然だ」
即答。
だが、言葉が続かない。
沈黙。
ディアナは、それ以上何も言わず、食事を続けた。
その様子を見ながら、クロヴィスは気づく。
(……礼を言わせてしまった)
彼女は、本来なら、許可など求めずとも良い立場だ。
だが、あえて一線を引いている。
それが、どこか――。
(……居心地が悪い)
夜更け。
クロヴィスは、再び窓辺に立った。
庭園の灯りは落とされ、静寂が支配している。
(……彼女は、ここに“居座ろう”としていない)
必要以上に関わらず、
必要以上に残らない。
まるで――。
(いつでも、去れるように)
その考えに、胸の奥が僅かに軋んだ。
理由は、分からない。
分からないから、無視する。
それが、これまでの彼のやり方だった。
だが――。
(……観察が、必要だな)
それは、警戒ではない。
興味とも、まだ言えない。
ただ。
(この距離が、崩れたとき)
何が起きるのかを、
把握しておく必要がある。
クロヴィスは、静かにカーテンを閉めた。
白い結婚。
理想的な契約関係。
その中で、
彼自身が“想定していなかった変数”が生まれつつあることを――
まだ、認めるつもりはなかった。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、執務室の窓から中庭を見下ろしていた。
整然と区画された庭園。
配置された木々も、歩道も、すべてが計画通り。
――そして、その一角。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、侍女と短い会話を交わしながら歩いている。
(……無駄がない)
それが、彼女を見た最初の感想だった。
派手な身振りも、声を張り上げることもない。
だが、周囲の動きが自然と彼女を中心に整っていく。
指示は最小限。
だが、伝達は正確。
(有能、という言葉では足りないな)
クロヴィスは、そう評価する。
だが、感心はしても、それ以上の感情は抱いていない――はずだった。
彼は、机に戻り、書類へ視線を落とす。
領内の治安報告。
兵站の再配置案。
交易路の維持費。
いつも通りの業務。
だが――。
(……静かすぎる)
以前は、もっと“雑音”があった。
王都とのやり取り、無駄な挨拶、感情的な抗議。
それらが減った理由は、理解している。
(王宮が混乱している)
ディアナを迎え入れたことで、王都との距離は確実に生じた。
だが、それは想定内だ。
むしろ――。
(問題は、こちらだ)
クロヴィスは、ペンを止める。
彼女は、求めすぎない。
期待しない。
依存しない。
それが、これほど“快適”だとは思わなかった。
昼前。
執事から、短い報告が入る。
「奥様が、倉庫の配置を確認なさりたいと」
「……理由は?」
「『動線が少し非効率に見えたので』と」
クロヴィスは、一瞬考えた。
「許可する」 「ただし、口出しはするな」
「承知いたしました」
執事が下がる。
クロヴィスは、無意識のうちに眉を寄せていた。
(……確認するだけ、か)
権限を主張しない。
だが、見逃しもしない。
(厄介だな)
そう思ったのに、
不快感はなかった。
むしろ。
(……正しい)
午後。
クロヴィスは、執務室を出て回廊を歩いた。
倉庫前で、ディアナが数名の使用人と話している。
「ここを一列に並べ替えるだけで、運搬が楽になると思います」 「……ですが、公爵様の許可が」
「ええ。無理にとは申しません」 「ただ、危険が少し減るかと」
声は穏やかで、押し付けがましさはない。
使用人たちは、戸惑いながらも耳を傾けている。
そこに、クロヴィスが姿を現した。
「続けていい」
短く告げる。
全員が一斉に頭を下げた。
「奥様の提案は妥当だ」 「責任はこちらで取る」
ディアナが、わずかに目を見開いた。
「……ありがとうございます」
その声には、驚きと、ほんの少しの安堵が混じっていた。
(……その表情)
クロヴィスは、なぜか視線を逸らした。
夜。
夕食は、いつも通り同席だが、会話は少ない。
だが、今日はディアナが一言だけ口を開いた。
「本日は、ご配慮をいただき感謝いたします」
「当然だ」
即答。
だが、言葉が続かない。
沈黙。
ディアナは、それ以上何も言わず、食事を続けた。
その様子を見ながら、クロヴィスは気づく。
(……礼を言わせてしまった)
彼女は、本来なら、許可など求めずとも良い立場だ。
だが、あえて一線を引いている。
それが、どこか――。
(……居心地が悪い)
夜更け。
クロヴィスは、再び窓辺に立った。
庭園の灯りは落とされ、静寂が支配している。
(……彼女は、ここに“居座ろう”としていない)
必要以上に関わらず、
必要以上に残らない。
まるで――。
(いつでも、去れるように)
その考えに、胸の奥が僅かに軋んだ。
理由は、分からない。
分からないから、無視する。
それが、これまでの彼のやり方だった。
だが――。
(……観察が、必要だな)
それは、警戒ではない。
興味とも、まだ言えない。
ただ。
(この距離が、崩れたとき)
何が起きるのかを、
把握しておく必要がある。
クロヴィスは、静かにカーテンを閉めた。
白い結婚。
理想的な契約関係。
その中で、
彼自身が“想定していなかった変数”が生まれつつあることを――
まだ、認めるつもりはなかった。
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