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第19話 強硬策の兆し
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第19話 強硬策の兆し
王宮は、静まり返っていた。
いや――正確には、静まらせていた。
不要な噂を抑え、情報の流れを制限し、
事態が“大事”として広がらないよう、必死に蓋をしている。
だが、その内側では。
「……シュヴァルツハルト公爵領で、事件が起きた?」
王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、報告書を睨みつけた。
「はい。公爵夫人が視察中に襲撃を受けました」
「被害は」
「……未遂です」 「公爵本人が現場に駆けつけ、犯人は全員拘束されました」
その一文を読んだ瞬間、
エドガルドの胸に、はっきりとした感情が込み上げた。
(……本人が?)
護衛ではない。
騎士団でもない。
(公爵が、直接)
書類を持つ指が、強く食い込む。
「……理由は?」
「現在、調査中ですが……」 「反公爵派の動きと見るのが自然かと」
重臣が、慎重に言葉を選ぶ。
「それと……」 「王都でも、この件を“嗅ぎつけている者”がいます」
「……どこまで、広がっている」
「まだ限定的です」 「ですが、“公爵夫人が守られている”という話は……」
エドガルドは、目を閉じた。
(……守られている)
白い結婚。
形だけの関係。
そう信じたかった。
だが、現実は――
まったく違う。
「……使者を送れ」
低い声で、命じる。
「正式なものだ」 「“王宮としての懸念”を理由に」
重臣の一人が、眉をひそめた。
「殿下……それは」 「内政干渉と受け取られる恐れが」
「構わん」
エドガルドは、きっぱりと言った。
「このままでは、完全に“切り離される”」
その言葉に、誰も反論できなかった。
――同じ頃。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
事件後の対応が淡々と進められていた。
警備の再配置。
街道の監視強化。
反公爵派の洗い出し。
すべてが、迅速で、無駄がない。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、執務室の一角で報告を聞いていた。
「……大事にならず、良かったですわね」
その声は、穏やかだった。
だが、内心では理解している。
(王宮が、黙っていない)
この事件は、
“守られている”という事実を、
はっきりと示してしまった。
そこへ、執事が入ってくる。
「公爵様、王宮より正式な書簡が」
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、無言で受け取った。
封を切り、内容に目を通す。
「……やはり来たか」
短く、そう呟く。
書簡の内容は、表向きには“懸念”だった。
『王太子殿下は、先日の事件を重く受け止めておられます
公爵夫人の安全が、王国全体の安定に関わるとして
王宮としても、状況を把握したい――』
「……把握、だと」
クロヴィスは、鼻で笑った。
「都合のいい言葉だ」
ディアナは、静かに書簡を見つめる。
「王宮が、直接関与する口実ですね」
「そうだ」
クロヴィスは、即答した。
「次は、“保護”を理由に、引き取ろうとするだろう」
ディアナは、ゆっくりと息を吐いた。
(……やはり)
王宮は、彼女を“個人”としては見ていない。
政治の部品。
安定のための駒。
「……どうしますか」
ディアナは、尋ねた。
クロヴィスは、迷わなかった。
「拒否する」
「王宮の申し出を?」
「ああ」
きっぱりと。
「これは、内政問題だ」 「第三者が介入する理由はない」
その言葉に、ディアナは胸の奥で強く感じる。
(……完全に、盾になっている)
夜。
王宮では、別の動きも始まっていた。
「……直接会えないなら」 「周囲から、揺さぶれ」
エドガルドは、低い声で指示を出す。
「旧知の貴族、遠縁、学友……」 「“心配している”という形で、接触させろ」
「殿下……それは」
「説得ではない」
彼は、苦々しく言った。
「“確認”だ」
彼女が、
本当に幸せなのか。
本当に、満足しているのか。
(……まだ、取り戻せるのか)
その夜。
ディアナは、窓辺で夜空を見上げていた。
事件以来、護衛は増えた。
だが、息苦しさはない。
むしろ――。
(……守られているというより)
(選ばれている)
そんな感覚が、胸に残っている。
そこへ、クロヴィスの声。
「……王宮は、次に動く」
「ええ」
ディアナは、頷いた。
「穏便では、なくなるでしょうね」
クロヴィスは、しばらく黙り――
そして、静かに言った。
「そのときは」 「俺が前に立つ」
ディアナは、彼を見た。
もう、迷いはない。
「……ありがとうございます」
それは、契約への感謝ではない。
個人としての、言葉だ。
王宮の強硬策は、
すでに水面下で動き始めている。
だが――
その“強さ”が、
誰を敵に回すことになるのか。
王太子は、まだ理解していなかった。
そしてディアナは、
もう一度、自分で選ぶ覚悟を固めていた。
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王宮は、静まり返っていた。
いや――正確には、静まらせていた。
不要な噂を抑え、情報の流れを制限し、
事態が“大事”として広がらないよう、必死に蓋をしている。
だが、その内側では。
「……シュヴァルツハルト公爵領で、事件が起きた?」
王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、報告書を睨みつけた。
「はい。公爵夫人が視察中に襲撃を受けました」
「被害は」
「……未遂です」 「公爵本人が現場に駆けつけ、犯人は全員拘束されました」
その一文を読んだ瞬間、
エドガルドの胸に、はっきりとした感情が込み上げた。
(……本人が?)
護衛ではない。
騎士団でもない。
(公爵が、直接)
書類を持つ指が、強く食い込む。
「……理由は?」
「現在、調査中ですが……」 「反公爵派の動きと見るのが自然かと」
重臣が、慎重に言葉を選ぶ。
「それと……」 「王都でも、この件を“嗅ぎつけている者”がいます」
「……どこまで、広がっている」
「まだ限定的です」 「ですが、“公爵夫人が守られている”という話は……」
エドガルドは、目を閉じた。
(……守られている)
白い結婚。
形だけの関係。
そう信じたかった。
だが、現実は――
まったく違う。
「……使者を送れ」
低い声で、命じる。
「正式なものだ」 「“王宮としての懸念”を理由に」
重臣の一人が、眉をひそめた。
「殿下……それは」 「内政干渉と受け取られる恐れが」
「構わん」
エドガルドは、きっぱりと言った。
「このままでは、完全に“切り離される”」
その言葉に、誰も反論できなかった。
――同じ頃。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
事件後の対応が淡々と進められていた。
警備の再配置。
街道の監視強化。
反公爵派の洗い出し。
すべてが、迅速で、無駄がない。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、執務室の一角で報告を聞いていた。
「……大事にならず、良かったですわね」
その声は、穏やかだった。
だが、内心では理解している。
(王宮が、黙っていない)
この事件は、
“守られている”という事実を、
はっきりと示してしまった。
そこへ、執事が入ってくる。
「公爵様、王宮より正式な書簡が」
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、無言で受け取った。
封を切り、内容に目を通す。
「……やはり来たか」
短く、そう呟く。
書簡の内容は、表向きには“懸念”だった。
『王太子殿下は、先日の事件を重く受け止めておられます
公爵夫人の安全が、王国全体の安定に関わるとして
王宮としても、状況を把握したい――』
「……把握、だと」
クロヴィスは、鼻で笑った。
「都合のいい言葉だ」
ディアナは、静かに書簡を見つめる。
「王宮が、直接関与する口実ですね」
「そうだ」
クロヴィスは、即答した。
「次は、“保護”を理由に、引き取ろうとするだろう」
ディアナは、ゆっくりと息を吐いた。
(……やはり)
王宮は、彼女を“個人”としては見ていない。
政治の部品。
安定のための駒。
「……どうしますか」
ディアナは、尋ねた。
クロヴィスは、迷わなかった。
「拒否する」
「王宮の申し出を?」
「ああ」
きっぱりと。
「これは、内政問題だ」 「第三者が介入する理由はない」
その言葉に、ディアナは胸の奥で強く感じる。
(……完全に、盾になっている)
夜。
王宮では、別の動きも始まっていた。
「……直接会えないなら」 「周囲から、揺さぶれ」
エドガルドは、低い声で指示を出す。
「旧知の貴族、遠縁、学友……」 「“心配している”という形で、接触させろ」
「殿下……それは」
「説得ではない」
彼は、苦々しく言った。
「“確認”だ」
彼女が、
本当に幸せなのか。
本当に、満足しているのか。
(……まだ、取り戻せるのか)
その夜。
ディアナは、窓辺で夜空を見上げていた。
事件以来、護衛は増えた。
だが、息苦しさはない。
むしろ――。
(……守られているというより)
(選ばれている)
そんな感覚が、胸に残っている。
そこへ、クロヴィスの声。
「……王宮は、次に動く」
「ええ」
ディアナは、頷いた。
「穏便では、なくなるでしょうね」
クロヴィスは、しばらく黙り――
そして、静かに言った。
「そのときは」 「俺が前に立つ」
ディアナは、彼を見た。
もう、迷いはない。
「……ありがとうございます」
それは、契約への感謝ではない。
個人としての、言葉だ。
王宮の強硬策は、
すでに水面下で動き始めている。
だが――
その“強さ”が、
誰を敵に回すことになるのか。
王太子は、まだ理解していなかった。
そしてディアナは、
もう一度、自分で選ぶ覚悟を固めていた。
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