婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第4話 理想の医師を探す条件

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第4話 理想の医師を探す条件

 夜更けの屋敷は、ひどく静かだった。

 ミーシャ・ゲートは、執務机の前に腰掛けたまま、しばらく動けずにいた。
 昼間に受け取った社交界の招待状――いや、正確には「欠席を前提とした形式的な通知」を束ね、引き出しにしまう。

 婚約破棄から数日。
 世界は、思った以上に素早く彼女を切り捨てた。

「……医療を否定した女、ですって」

 自嘲気味に呟く。

 否定した覚えはない。
 ただ、「おかしい」と言っただけだ。

 頭痛、腹痛、腰痛。
 原因も経過も書かれない処方箋。
 それを当然として疑わない医師たち。
 疑問を口にした途端、「素人が口出しするな」と切って捨てられた。

(だから、私は間違っていない)

 その確信だけは、揺らがなかった。

 机の上には、医療制度に関する資料が広げられている。
 国営の医療機関、医会の権限、医師と薬師の役割分担。
 すべてが、効率を最優先に組み上げられている。

「……人を診る制度じゃないわね」

 制度は、病名を処理する。
 症状を分類し、型にはめ、薬を渡す。
 そこに「この患者はどう生きているのか」という視点は存在しない。

 ミーシャは、深く息を吸った。

(ならば、壊す?)

 一瞬、過激な考えが頭をよぎる。
 だがすぐに首を振った。

「いいえ……壊す必要はないわ」

 必要なのは、別の形を示すことだ。
 今ある制度を否定するのではなく、より正しい選択肢を用意する。

 新しい医療機関。
 患者を診る医師と、薬を扱う薬師が、対等に意見を交わす場所。

 ――だが。

「私一人では、無理」

 自分は、医師ではない。
 薬師でもない。

 制度を設計することはできる。
 資金を用意することもできる。
 だが、現場を知らない人間が作った理想は、必ず歪む。

 ミーシャは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
 夜の王都は、規則正しく灯っている。

「……必要なのは、現場を知る人」

 理想論に酔わない者。
 制度の欠陥を、日々の仕事の中で痛感している者。

 医会に迎合しない。
 だが、感情で制度を否定しない。

 そんな医師が、果たして存在するのか。

「……探すしかないわね」

 公爵令嬢としての立場は、まだ残っている。
 医会からは疎まれても、情報網まで断たれたわけではない。

 ミーシャは、机に戻り、一枚の紙を取り上げた。
 そこに、条件を書き出していく。

 ・現場経験が豊富
 ・患者の生活背景を重視する
・処方箋を「形式」として扱わない
・医会と距離を置いている

「……我ながら、面倒な条件ね」

 だが、妥協はできない。

 自分が目指すのは、
 “誰かを救ったつもりになる医療”ではない。

 本当に、助かる医療だ。

 ペンを置き、ミーシャは小さく笑った。

「見つけてみせるわ」

 婚約は失った。
 名誉も傷ついた。

 それでも――。

「この国の医療を、変えるために」

 静かな誓いは、誰にも聞かれず、夜に溶けた。
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