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第5話 万能薬の国営薬局
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第5話 万能薬の国営薬局
国営薬局の朝は、規則正しく、そして忙しい。
開局と同時に患者が列を作り、受付から調剤台へと処方箋が流れていく。
薬師たちは迷わない。迷う必要がないからだ。
「痛み止め、次」
短い声とともに、棚から瓶が取られる。
透明な液体――国営薬局が誇る万能薬ポーション。
頭痛、腹痛、腰痛。
名称は違えど、出される薬は同じ。
効く。
だが、劇的ではない。
症状を抑え、日常に戻れる程度。
大量の患者を捌くために選ばれた、効率最優先の答えだった。
「……これが、国営か」
その光景を、調剤台の端から静かに眺める少女がいた。
長い黒髪。
前髪に隠れた目元は見えない。
白衣はまだ新しく、袖口に皺ひとつない。
「新人薬師、ギ・メイです」
局長に名乗る声は淡々としていた。
差し出された推薦状を見て、局長は眉をひそめる。
「ゲート公爵家……」
最近、医療体制を批判して婚約破棄された公爵令嬢の家だ。
政治の匂いを感じ取らないほど、局長も鈍くはない。
「資格は?」
「正規の薬師資格を取得しています」
証明書に不備はない。
形式は完璧だった。
「……人手は足りん。採用だ」
そう言ってから、局長は釘を刺す。
「ただし、ここは国営だ。
勝手なことはするな」
「承知しています」
返答は即座だった。
局長は、調剤台を示す。
「説明する。
ここで扱うのは万能薬ポーションだ」
棚に並ぶ瓶を一つ手に取る。
「種類は少ない。
だが、効率よく、誰にでも使える」
「効果は、平均的ですね」
ギ・メイは即座に理解した。
万能である代わりに、効き目は抑えられている。
過剰な副作用を避け、誰にでも使える設計。
「治すというより、抑える薬です」
「そうだ」
局長は頷いた。
「国営は、全員を救う場所だ。
一人に最適な薬を作っていたら、回らん」
合理的な説明だった。
「処方箋は?」
「医師が書く。
だが内容は簡素だ」
実際に渡された処方箋を見て、ギ・メイは理解した。
――痛み止め。
それだけ。
「調剤内容の指定は、ありませんね」
その一言に、局長が一瞬だけ目を細める。
「……そうだ」
「つまり」
ギ・メイは、淡々と結論を述べた。
「“痛み止め”であれば、
どの配合でも、処方通りということですね」
局長は、少し考えた後、肩をすくめた。
「形式上は、な」
「承知しました」
それだけで、話は終わった。
初日の配属は、見習いではなく即実務だった。
人手不足の現場では、それが当然だ。
ギ・メイは処方箋を受け取り、棚を確認する。
万能薬ポーション。
基礎となる薬草配合。
(効くけど、弱い)
それは事実だ。
だが――。
(“万能薬を出せ”とは、どこにも書いていない)
彼女は、処方箋をもう一度見た。
――痛み止め。
薬師の仕事は、調剤だ。
処方された効能を満たす薬を作ること。
万能である必要はない。
指定されてもいない。
ギ・メイは、静かに薬草を選び始めた。
基礎配合はそのままに、比率を調整する。
効能は変えない。
ただ、効きを良くするだけ。
「次」
患者に渡す瓶は、見た目は同じ。
だが中身は、少しだけ違う。
「……早いな」
隣の薬師が、何気なく呟いた。
「調剤速度が、他と変わらない」
それは重要だった。
効率を落とさない。
結果だけが、静かに違い始める。
患者は礼を言い、去っていく。
誰も気づかない。
まだ、この時点では。
局長は、遠目にその様子を見ていた。
(勝手なことはしていない)
処方箋通り。
資格もある。
調剤記録も問題ない。
だが――。
「……面倒なのが来たかもしれん」
その直感は、半分だけ正しかった。
ギ・メイは、与えられた役割を正確に果たしているだけだ。
問題があるとすれば――
それは、薬局の体制そのもの。
この日、国営薬局に
一人の極めて優秀で、極めて扱いづらい薬師が加わった。
それを、まだ誰も自覚していなかった。
国営薬局の朝は、規則正しく、そして忙しい。
開局と同時に患者が列を作り、受付から調剤台へと処方箋が流れていく。
薬師たちは迷わない。迷う必要がないからだ。
「痛み止め、次」
短い声とともに、棚から瓶が取られる。
透明な液体――国営薬局が誇る万能薬ポーション。
頭痛、腹痛、腰痛。
名称は違えど、出される薬は同じ。
効く。
だが、劇的ではない。
症状を抑え、日常に戻れる程度。
大量の患者を捌くために選ばれた、効率最優先の答えだった。
「……これが、国営か」
その光景を、調剤台の端から静かに眺める少女がいた。
長い黒髪。
前髪に隠れた目元は見えない。
白衣はまだ新しく、袖口に皺ひとつない。
「新人薬師、ギ・メイです」
局長に名乗る声は淡々としていた。
差し出された推薦状を見て、局長は眉をひそめる。
「ゲート公爵家……」
最近、医療体制を批判して婚約破棄された公爵令嬢の家だ。
政治の匂いを感じ取らないほど、局長も鈍くはない。
「資格は?」
「正規の薬師資格を取得しています」
証明書に不備はない。
形式は完璧だった。
「……人手は足りん。採用だ」
そう言ってから、局長は釘を刺す。
「ただし、ここは国営だ。
勝手なことはするな」
「承知しています」
返答は即座だった。
局長は、調剤台を示す。
「説明する。
ここで扱うのは万能薬ポーションだ」
棚に並ぶ瓶を一つ手に取る。
「種類は少ない。
だが、効率よく、誰にでも使える」
「効果は、平均的ですね」
ギ・メイは即座に理解した。
万能である代わりに、効き目は抑えられている。
過剰な副作用を避け、誰にでも使える設計。
「治すというより、抑える薬です」
「そうだ」
局長は頷いた。
「国営は、全員を救う場所だ。
一人に最適な薬を作っていたら、回らん」
合理的な説明だった。
「処方箋は?」
「医師が書く。
だが内容は簡素だ」
実際に渡された処方箋を見て、ギ・メイは理解した。
――痛み止め。
それだけ。
「調剤内容の指定は、ありませんね」
その一言に、局長が一瞬だけ目を細める。
「……そうだ」
「つまり」
ギ・メイは、淡々と結論を述べた。
「“痛み止め”であれば、
どの配合でも、処方通りということですね」
局長は、少し考えた後、肩をすくめた。
「形式上は、な」
「承知しました」
それだけで、話は終わった。
初日の配属は、見習いではなく即実務だった。
人手不足の現場では、それが当然だ。
ギ・メイは処方箋を受け取り、棚を確認する。
万能薬ポーション。
基礎となる薬草配合。
(効くけど、弱い)
それは事実だ。
だが――。
(“万能薬を出せ”とは、どこにも書いていない)
彼女は、処方箋をもう一度見た。
――痛み止め。
薬師の仕事は、調剤だ。
処方された効能を満たす薬を作ること。
万能である必要はない。
指定されてもいない。
ギ・メイは、静かに薬草を選び始めた。
基礎配合はそのままに、比率を調整する。
効能は変えない。
ただ、効きを良くするだけ。
「次」
患者に渡す瓶は、見た目は同じ。
だが中身は、少しだけ違う。
「……早いな」
隣の薬師が、何気なく呟いた。
「調剤速度が、他と変わらない」
それは重要だった。
効率を落とさない。
結果だけが、静かに違い始める。
患者は礼を言い、去っていく。
誰も気づかない。
まだ、この時点では。
局長は、遠目にその様子を見ていた。
(勝手なことはしていない)
処方箋通り。
資格もある。
調剤記録も問題ない。
だが――。
「……面倒なのが来たかもしれん」
その直感は、半分だけ正しかった。
ギ・メイは、与えられた役割を正確に果たしているだけだ。
問題があるとすれば――
それは、薬局の体制そのもの。
この日、国営薬局に
一人の極めて優秀で、極めて扱いづらい薬師が加わった。
それを、まだ誰も自覚していなかった。
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