婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第6話 同じ処方、違う結果

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第6話 同じ処方、違う結果

 国営薬局の一日は、淡々と進んでいく。

 処方箋を受け取り、薬を調剤し、瓶を渡す。
 それを、ひたすら繰り返す。

 ギ・メイにとって、この作業は難しくも何ともなかった。
 むしろ――分かりやすい。

(処方は「痛み止め」。効能指定のみ。
 調剤内容は、薬師裁量)

 規則を確認し、手順を守る。
 それだけだ。

 彼女は処方箋を受け取り、棚の前に立つ。

「頭痛、か」

 いつも通りの文字。
 いつも通りなら、万能薬ポーションを出すところだ。

 だが、ギ・メイは万能薬の瓶には手を伸ばさなかった。

 基礎配合用の薬草を取り出し、
 数種類を手早く選別する。

 効能は同じ。
 ただし、比率が違う。

(効かせるだけ。
 余計なことは、何もしていない)

 調剤にかかる時間は、他の薬師と変わらない。
 むしろ、少し早いくらいだ。

「次」

 患者は中年の女性だった。
 顔色は悪いが、歩き方はしっかりしている。

「こちらです」

 瓶を渡すと、女性は少し驚いた顔をした。

「……前より、色が薄い気がします」

「成分は同じです」

 事実だった。
 効能も、分類も、処方通り。

 女性は頷き、礼を言って去っていく。

 その様子を、隣の薬師が横目で見ていた。

「……今の、万能薬じゃなかったよな?」

「痛み止めです」

 ギ・メイは、即答した。

「いや、そうだけど……」

 言葉に詰まる相手を気に留めず、次の処方箋を受け取る。

 午前中が終わる頃、
 調剤台の空気が、微妙に変わり始めていた。

「……あれ?」

「今日、回転早くない?」

「それに、戻ってくる患者、少なくないか?」

 誰も大声では言わない。
 ただ、違和感だけが共有されていく。

 昼休憩。
 局長が帳簿を確認していた。

「……消費量は、変わらん」

 万能薬の減りも、基礎薬草の在庫も、想定内。
 数字だけを見れば、何も問題はない。

 だが、受付から一言、報告が入った。

「局長、午前中に来た患者さん、
 “今日はもう大丈夫そうだ”って帰られました」

「……いつもは?」

「もう一度来る方が多いです」

 局長は、調剤室に視線を向けた。

 ギ・メイは、何事もなかったように作業を続けている。

(処方違反は、ない)

 記録を確認しても、そうだ。
 処方は守られている。
 効能も一致している。

 だが結果が、違う。

 午後。
 再び患者の列。

 腰を押さえた男が、薬を受け取る。

「……あれ?」

 数歩歩いたところで、立ち止まった。

「まだ効いてるかどうかは分からんが……
 さっきより、楽な気がするな」

 何気ない独り言。
 だが、周囲の耳には届いた。

「……気のせいだろ」

 別の患者が笑う。

 だが、その“気のせい”が、
 一日に何度も起きれば――話は別だ。

 夕方、局長がギ・メイを呼び止めた。

「……お前、何をしている」

 問いは直接的だった。

「処方通り、調剤しています」

「万能薬は?」

「万能薬も、痛み止めです。
 ですが、万能である必要はありません」

 局長は、腕を組む。

「調剤内容は?」

「薬師裁量です」

 それも、事実。

「効き目が違う」

「効くように作っています」

 それだけだった。

 局長は、しばらく彼女を見つめていたが、
 やがて深く息を吐いた。

「……違反は、ない」

「はい」

「だがな」

 一拍置いて、続ける。

「お前がやっていることは、
 この薬局の前提を壊す」

 ギ・メイは、少しだけ首を傾げた。

「前提、とは?」

「万能薬で、全員を回すという前提だ」

「……効率の話ですね」

 局長は否定しなかった。

「国営は、効率を捨てられん」

「私は、効率を落としていません」

 それもまた、事実だった。

 調剤速度は変わらない。
 在庫管理も崩れていない。

 変わったのは――結果だけ。

 局長は、苦笑した。

「……厄介だな」

「何がですか」

「正しいことをされると、
 止める理由がなくなる」

 ギ・メイは、それ以上何も言わなかった。

 自分は、特別なことをしていない。
 薬師として、できることをしただけだ。

 ただ一つ違うのは――
 できることを、全部やったという点。

 その日の終わり。
 帳簿の数字は、変わらない。

 だが、
 国営薬局の中で、
 「同じ処方なのに結果が違う」という事実だけが、
 静かに積み上がり始めていた。

 それが何を意味するのかを、
 まだ誰も、はっきりとは言葉にできていなかった。
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