婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第14話 問題視という名の線引き

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第14話 問題視という名の線引き

 国営薬局に届いたのは、正式な命令書ではなかった。

 だが、ただの問い合わせでもない。

 ――照会。

 その一語だけで、局長は意味を理解した。

(これは、“見る”段階に入った)

 医会からの文書は、丁寧な言葉で書かれていた。

> 最近の国営薬局における調剤傾向について
医師の診療方針との整合性を確認したく
担当者による聴取を希望する



 責める文面ではない。
 違反を断定してもいない。

 だが――
 線を引こうとしている。

「……来るな」

 局長は、紙を畳んだ。

 その日の午後、ギ・メイを呼ぶ。

「医会から、照会が来た」

「はい」

 彼女は、落ち着いた様子で答えた。

「内容は?」

「調剤内容と、
 医師の意図との乖離について」

 ギ・メイは、少し考える。

「乖離は、ありません」

「だろうな」

 局長は、苦笑した。

「だが向こうは、
 “意図”を問題にする」

「症状を抑える意図、ですね」

「そうだ」

「理解しています」

 彼女は、即答する。

「だから、
 症状を抑えています」

「……その結果、
 原因にも効いてしまう」

「はい」

 局長は、深く息を吐いた。

「それを、
 やりすぎだと言われる」

 ギ・メイは、首を傾げた。

「やりすぎ、とは?」

「“治ってしまう”ことだ」

 しばしの沈黙。

「それは」

 ギ・メイは、静かに言う。

「医療の目的から、
 外れていますか?」

 局長は、答えられなかった。

 外れていない。
 むしろ、最も真っ直ぐだ。

 だが――
 体制の目的からは、外れている。

 数日後。

 医会の担当者が、薬局を訪れた。

 丁寧な態度。
 だが、視線は冷静で鋭い。

「最近、患者の再来院率が
 大きく変動していますね」

「はい」

 局長が答える。

「理由は?」

「調剤が、
 患者に合っているからです」

 担当者は、書き留める。

「処方箋は、
 症状抑制を意図しています」

「承知しています」

「それ以上の対応は、
 求められていません」

「求められていないだけで、
 禁じられてもいません」

 そのやり取りを、
 ギ・メイは黙って聞いていた。

「あなたが?」

 担当者が、彼女を見る。

「はい」

「調剤を担当しているのは」

「私です」

「症状の原因に
 踏み込んだ配合を?」

「効能の範囲内で、
 最適化しています」

 淡々とした答え。

 担当者は、少し間を置いて言った。

「それは、
 医師の領域に
 近づきすぎでは?」

 ギ・メイは、静かに首を振る。

「医師が、
 情報を書かない以上、
 薬師が考えるしかありません」

「……」

「私は、
 処方箋以上のことは
 していません」

 事実だった。

 担当者は、筆を置く。

「本件は、
 “問題がある”と
 断定するものではありません」

 局長が、内心で息を詰める。

「ただし」

 一拍。

「今後、注視対象とします」

 それだけ言って、担当者は去った。

 残された調剤室に、
 重い沈黙が落ちる。

「……線、引かれましたね」

 副局長が、呟く。

「いや」

 局長は、首を振る。

「引こうとしただけだ」

 ギ・メイは、いつも通り調剤台を片付ける。

「私は、
 何も変えません」

「……強いな」

「強くありません」

 彼女は、淡々と言う。

「変える理由が、
 ないだけです」

 処方箋は、今日も同じ。
 効能指定だけ。

 だから、
 やることも同じ。

 だが――
 “問題視された”という事実だけが、
 確かに残った。

 それは、次の段階への合図だった。

 静かな線引きは、
 やがて明確な境界になる。

 その境界の向こう側に、
 何が待っているのか。

 まだ、誰も知らない。
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