婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第24話 現場は、正しく動き出す

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第24話 現場は、正しく動き出す

 国営薬局の朝は、いつもと変わらぬ喧騒で始まった。

 処方箋を手にした患者が列を作り、薬師たちは慌ただしく調剤台を行き交う。
 だが、その空気の奥底には、微かな変化が芽生え始めていた。

「――こちら、確認をお願いします」

 局長が差し出した書類に、若い薬師が目を通す。
 そこに記されているのは、見慣れた薬品名ではなく、症状の経過、体質、注意点――
 これまでの処方箋には存在しなかった情報だった。

「……詳細ですね」

「新医療機関からの処方だ」

 局長は、低く答える。

「試験的に、連携を始める」

 薬師は、思わず息を呑んだ。

 診察の結果が、ここまで具体的に書かれている処方箋。
 それは、薬師にとって“迷い”を消すものだった。

「これなら……」

 彼は、調剤台へと向かう。

 薬草の選定。
 配合比率。
 魔力の込め方。

 どれも、教本通りでありながら、的確だった。

 調剤室の一角では、ギ・メイが黙々と手を動かしている。
 長い黒髪が顔を隠し、表情は読み取れない。

 だが、彼女の手元には、同じ処方箋が置かれていた。

「……」

 彼女は、一瞬だけ紙面に目を走らせると、迷いなく薬草を選ぶ。

 いつもと違うのは、そこに“補う必要”がないことだった。

 問診も、推測も、不要。
 処方箋に、すべてが書かれている。

「この処方箋なら……」

 思わず、言葉が漏れた。

 隣の薬師が、顔を上げる。

「え?」

「……いえ、何でもありません」

 ギ・メイは、再び作業に戻った。

 ――これが、本来の形。

 誰が調剤しても、同じ結果に辿り着ける。
 それは、彼女にとって安堵でもあり、同時に試金石でもあった。

 午前の業務が終わる頃、最初の患者が戻ってきた。

「効きました」

 短い一言だったが、その声には確かな実感がこもっている。

「今までより、楽です」

 それは、一人ではなかった。

 昼過ぎには、同様の声が次々と届き始める。

 局長は、調剤室を見渡した。

 薬師たちの表情が、明らかに違う。
 迷いではなく、手応えがある。

「……現場が、正しく回り始めている」

 彼は、小さく呟いた。

 それは、ギ・メイ一人の成果ではない。
 処方箋と調剤が、初めて噛み合った結果だった。

 夕刻、局長は一通の報告書をまとめる。

 新医療機関との連携初日。
 回復状況、再来院率、患者の声。

 どれも、数字としてはまだ小さい。
 だが、方向性は明確だった。

「これを……公爵令嬢に」

 局長は、封を施す。

 その頃、別室では、ギ・メイが調剤器具を片付けていた。

 今日一日、彼女は“特別なこと”をしていない。
 ただ、処方箋通りに調剤しただけだ。

 それでも、結果は違った。

 ――現場は、正しい情報さえあれば、正しく動く。

 彼女は、静かに手を止める。

 この流れが続けば、
 いずれ、自分が“特別”である必要はなくなる。

 それこそが、目指すべき形だと知りながら――
 胸の奥に、わずかな緊張が残っていた。

 制度が動き始めたとき、
 必ず、反発も生まれる。

 だが今は。

 薬局の現場は、確かに一歩前へ進んでいた。
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