婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第27話 圧力は、静かに

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第27話 圧力は、静かに

 医会が動き出した――その報せは、回り回ってウッド・マウントの耳にも届いていた。

 王都の一等地に構えられた公爵邸。
 書斎の奥、厚い扉の向こうで、ウッドは一通の報告書を机に叩きつける。

「……馬鹿な」

 新医療機関。
 国営薬局との連携。
 回復率の改善、再来院率の低下。

 どれも、見過ごせない数字だった。

「ミーシャ……」

 かつて婚約者だった女の名を、低く吐き捨てる。

 医療体制に口出しをした“無知な令嬢”。
 そう切り捨てたはずの存在が、今や制度そのものを揺さぶっている。

「感情で動く女だと思っていたが……」

 ウッドは、椅子に深く腰掛け、指を組んだ。

 問題は、内容ではない。
 数字が出てしまっている以上、正面から否定すれば、こちらが不利になる。

「……なら、表に出さなければいい」

 彼は、ゆっくりと立ち上がる。

 圧力は、いつもそうだ。
 騒がせず、目立たせず、静かに。

 数刻後、王宮の一室。
 非公式な会合の場に、ウッドは姿を見せていた。

「最近、新しい医療機関が話題になっているそうだな」

 あくまで、雑談めいた口調。

「王宮直轄と聞いたが……現場は、混乱していないか?」

 向かいに座る官僚が、慎重に答える。

「現在のところ、大きな混乱は――」

「数字は、信用できるのか?」

 言葉を遮るように、ウッドは続けた。

「小規模な試験で得られた結果を、全体に適用するのは危険だ。
 過去にも、そうした“改革”が失敗した例は多い」

 官僚は、言葉を選ぶ。

「……検証は、これからです」

「ならば、尚更だ」

 ウッドは、穏やかな笑みを浮かべた。

「拙速な拡大は、王宮の責任問題になりかねない。
 一度、立ち止まって精査すべきだろう」

 その場にいた誰もが理解した。
 これは“提案”ではない。

 同時刻。
 国営薬局には、別の形で圧が届いていた。

「……視察?」

 局長は、届けられた通知を読み返す。

 医会関係者による業務確認。
 調剤手順、処方箋の扱い、薬師の行動範囲。

 表向きは、通常の監査。
 だが、時期が良すぎる。

「来たか……」

 局長は、深く息を吐いた。

 新医療機関の成果が見え始めた、その矢先。
 狙いは明白だった。

 一方、ゲート公爵邸。

 ミーシャ・ゲートは、侍女から報告を受けても、表情を変えなかった。

「王宮内部から、慎重論が出始めています」

「ええ。予想通りです」

 彼女は、静かに頷く。

「ウッド・マウントが、動き出したのでしょう」

「……やはり」

「圧は、正面からではなく、裏から来ます」

 ミーシャは、窓の外に視線を向ける。

 医会。
 王宮。
 そして、かつての婚約者。

 すべてが、静かに包囲網を狭めている。

「ですが」

 彼女は、きっぱりと言った。

「もう、引き返す理由はありません」

 数字は出た。
 現場は動いている。

 必要なのは、揺らがないこと。

「圧力が来るということは――」

 ミーシャは、小さく息を吸う。

「こちらが、正しい位置に立っている証拠です」

 嵐の前の静けさ。
 それを、彼女はよく知っていた。

 次に来るのは、
 正面からの衝突。

 だが、ミーシャは目を逸らさない。

 制度を動かすと決めた、その瞬間から――
 この流れは、覚悟の上だった。
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