婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第34話 数字が示すもの

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第34話 数字が示すもの

 ゲート公爵邸の会議室は、いつになく静まり返っていた。

 長い卓の上に並べられたのは、装飾も誇張もない、ただの書類の束。
 回復日数、再来院率、投薬量、入院期間、患者満足度――
 淡々とした数字が、規則正しく並んでいる。

 ミーシャ・ゲートは、卓の端に立っていた。

 かつて社交界で「医療を否定した愚かな令嬢」と囁かれた少女は、今、王宮関係者と監査官、そして医会から派遣された立会人を前にしている。

「まず、こちらをご覧ください」

 ミーシャの声は落ち着いていた。
 感情を乗せない、説明のための声。

「新医療機関設立前後での、回復までに要した平均日数の比較です」

 一枚、紙がめくられる。

「従来の医会方式では、平均十四日。
 新医療機関では、九日」

 ざわ、と小さな音が走る。

「次に、再来院率」

 さらに、もう一枚。

「三割から、一割以下へ低下しています」

「……偶然では?」

 医会側の立会人が、低く言った。

 その声には、苛立ちが滲んでいる。

「私も、最初はそう考えました」

 ミーシャは、否定しない。

「ですから、対象人数を増やし、症例を限定し、
 薬局側の調剤データも含めて再検証しています」

 彼女は、別の資料を差し出す。

「同条件下での比較です。
 年齢、症状、基礎疾患、すべて揃えています」

 沈黙。

 数字は、揺るがなかった。

「……薬師の腕が良かっただけでは?」

 別の声。

「個人の力量に依存した結果は、制度としては不安定だ」

「その通りです」

 ミーシャは、即座に頷いた。

 それは、彼女自身が一番よく分かっていることだった。

「だからこそ、私は“個人の才能”ではなく、
 “再現可能な仕組み”として提示しています」

 彼女は、視線を上げる。

「詳細な処方箋。
 症状を“抑える”のではなく、“原因に対処する”という前提」

「それを支えるのは、医師の診察と判断です」

 薬局の話は、出さない。
 あくまで、制度の話として。

「正しい情報があれば、薬師は正しく調剤できる。
 それは、特別な才能ではありません」

 一拍。

「逆に言えば――
 情報を与えず、結果だけを薬局に押し付けていた旧体制こそが、
 非効率だったのです」

 医会側の立会人が、思わず口を閉ざす。

 反論の余地が、ない。

 ミーシャは、最後の資料を示した。

「こちらは、薬剤使用量の推移です」

 数字は、はっきりと減少している。

「回復が早ければ、投薬は減る。
 副作用のリスクも下がる。
 医療費も抑えられる」

 視線が、自然と集まる。

「これは、理想論ではありません」

 ミーシャは、はっきりと言った。

「すでに、現実です」

 長い沈黙が流れた。

 やがて、王宮側の監査官が、静かに口を開く。

「……数字は、十分です」

 その一言で、空気が変わった。

 ミーシャは、内心で小さく息を吐く。

 感情で戦ってはいけない。
 怒りでも、正義感でもない。

 必要なのは――
 ただ、積み重ねた事実。

 彼女は、静かに頭を下げた。

「これが、私の提示する改革の全てです」

 成功したように見える。
 少なくとも、この場では。

 だがミーシャは、分かっていた。

 数字が示すのは、始まりに過ぎない。

 これから、もっと大きな“調整”が待っていることを。

 ――それでも。

 彼女は、一歩も引くつもりはなかった。
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