婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第39話 ひとり芝居の終幕

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第39話 ひとり芝居の終幕

「――ミーシャ公爵令嬢様が、自ら取り調べを行うと仰せです」

 淡々とした声だった。

 王宮から派遣された使者は、感情の欠片も見せずにそう告げると、
 国営薬局の一室で待機していた薬師ギ・メイに向かって顎を引いた。

「こちらへ」

 拘束、と呼ぶにはあまりに形式的な同行だった。
 だが、逃げ道が存在しないことだけは、はっきりしている。

 ◆

 案内されたのは、ゲート公爵邸の奥。
 来客用ではない、私的な執務室だった。

 重厚な扉の前で、使者が立ち止まる。

「――どうぞ」

 促され、ギ・メイは一歩前に出る。

 軽くノックし、形式通りに名乗った。

「ギ・メイです。失礼いたします」

 扉を開けた瞬間、室内の空気が変わった。

 ――静かすぎる。

 まるで、この瞬間を待ち続けていたかのような、張り詰めた静寂。

 背後で、使者が一歩下がる気配がした。

「ご苦労さまでした」

 部屋の奥から、声がかかる。

 澄んだ、よく知っている声。

「あなたは、もう下がって構いません」

 使者は一瞬だけ逡巡し、それから深く一礼した。

「はっ」

 扉が閉まる。

 その音が消えた瞬間、
 部屋の中には、ギ・メイただ一人が残された。

 ◆

 ――違う。

 本当は、最初から一人だった。

 ギ・メイは、ゆっくりと室内を見回す。

 調度品も、書類の配置も、
 すべて知り尽くした光景。

「……ここまで、か」

 小さく呟き、椅子に腰を下ろす。

 机の上には、一枚の書類が置かれていた。

【薬師ギ・メイ
 無免許医療行為により、国外追放とする】

 簡潔で、冷酷で、完璧な文面。

「ずいぶん、きれいに書いてあるわね」

 誰に聞かせるでもなく、そう言って。

 ギ・メイは、ゆっくりと黒髪のウィッグに手をかけた。

 躊躇は、ない。

 外した瞬間、肩に落ちる鮮やかな金髪。

 鏡に映るのは、
 国営薬局の薬師ではない。

 ゲート公爵家の令嬢――
 ミーシャ・ゲート、その人だった。

「……いつまでも、一人二役なんてやっていられませんもの」

 淡々とした声。

 感傷はない。

 これは、予定通りの結末だ。

「薬師ギ・メイは、無免許医療行為で国外追放」

 事実は、それでいい。

「もし、ミーシャ・ゲート公爵令嬢が
 無免許で医療行為をしていたと知れたら……」

 小さく息を吐く。

「大騒ぎでは、済みませんものね」

 制度は完成した。

 新医療機関は動き出し、
 処方箋は改善され、
 国営薬局も、正しい情報を受け取れる。

 ――もう、異端は必要ない。

「現場を歪める英雄は、消えるべきなのよ」

 それは、前世で学んだ教訓でもあった。

 ミーシャは立ち上がり、
 ウィッグを丁寧に畳み、引き出しにしまう。

「さようなら、ギ・メイ」

 誰にも知られることなく、
 誰にも惜しまれることもなく。

 偽名の少女は、ここで消える。

 残るのは、制度だけ。

 そして――

 この部屋を出た時、
 公爵令嬢ミーシャは、
 “追放された薬師”を知らない立場に戻る。

 それでいい。

 それが、責任の取り方だ。

 扉に手をかけ、
 ミーシャは一度だけ、振り返った。

「……これで、終わり」

 静かに扉が閉じる。

 薬師ギ・メイは、
 確かにこの国から消えた。

 ――誰一人、その正体を知らぬまま。


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