婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第14話 守る覚悟と、離れる勇気

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第14話 守る覚悟と、離れる勇気

 小屋の中には、重い沈黙が落ちていた。
 外では風が木々を揺らし、葉擦れの音が静かに続いているが、三人の間に流れる空気は、それとはまるで別のものだった。

 エレナは、焚き火の前に腰を下ろし、両手を膝の上で重ねていた。
 カイルは壁際に立ち、腕を組んだまま、視線を外へ向けている。
 レオンは入口近くに立ち、どこか居心地の悪そうな様子で、何度も姿勢を変えていた。

(……時間をください、なんて言ったけれど)

 エレナは内心で、小さく息を吐く。
 選択を先延ばしにしただけで、答えが消えるわけではない。

「……まず、確認させてください」

 静寂を破ったのは、エレナだった。

「レオン、あなたは……王都の命令で来たわけではないのですね」

「ああ」

 即答だった。

「正式な命は出ていない。もし出ていれば、俺はここに来られなかった」

 その言葉に、エレナは頷く。

「では……あなた個人の意思で?」

「そうだ」

 レオンは、拳を握りしめた。

「俺は、君を守れなかった。そのことを、ずっと悔やんでいる」

 真っ直ぐな視線。
 嘘は感じられない。

 だが――。

「……それは、“過去の私”を守れなかった後悔ですよね」

 エレナの声は、静かだった。

 レオンは、言葉を失う。

「今の私は……守られるだけの存在ではありません」

 その言葉に、レオンの表情が揺れる。

「それでも……危険だ。王太子は、君を手放したくない」

「……都合のいい存在として、ですか」

 エレナは、淡々と言った。

「癒しの魔法を使える婚約者。逆らわず、耐える女」

 レオンは、何も言えなかった。

「私は……あの場所に戻るなら、“選ぶ側”として戻ります」

 エレナは、ゆっくりと立ち上がる。

「誰かの庇護の下では、意味がない」

 そのとき、カイルが静かに口を開いた。

「……なら、答えは出ている」

 二人の視線が、彼に集まる。

「彼女は、誰かの“盾”の後ろに隠れる気はない」

 淡々とした声だが、確信に満ちていた。

「レオン。お前がここにいることで、彼女の位置は特定されやすくなる」

 レオンは、はっと息を呑む。

「騎士が単独で辺境に来ている。その事実だけで、勘のいい連中は嗅ぎつける」

 重い指摘だった。

「……それでも、俺は」

「分かっている」

 カイルは遮る。

「だが、“守りたい”という気持ちは、時に刃になる」

 エレナは、その言葉を噛みしめる。

(……そう)

 王都での自分は、守られているつもりで、実際には縛られていた。

「レオン」

 エレナは、彼の名を呼んだ。

「あなたが来てくれたこと……本当に、嬉しいです」

 その一言に、レオンの表情が、わずかに和らぐ。

「でも」

 エレナは、はっきりと続けた。

「今は……一緒にいられません」

 沈黙が落ちる。

「……理由を、聞いてもいいか」

 レオンの声は、震えていた。

「あなたが弱いからじゃありません」

 エレナは、首を横に振る。

「むしろ……強すぎるからです」

「……?」

「あなたは、私のために、すべてを投げ出しかねない」

 その言葉に、レオンは息を呑む。

「それは……嬉しい。でも、私はそれを望まない」

 エレナは、胸に手を当てた。

「誰かの犠牲の上に立つ居場所は、もう要らない」

 静かながら、揺るぎない声だった。

 レオンは、しばらく俯いたまま、動かなかった。

 やがて、ゆっくりと顔を上げる。

「……分かった」

 その声には、痛みと覚悟が混じっていた。

「俺は……一度、王都に戻る」

 エレナは、驚いたように目を見開く。

「戻って、内側から探る」

 レオンは、続けた。

「王太子の動き、追手の有無、噂の流れ……すべて」

 カイルが、わずかに目を細める。

「……それは、危険だぞ」

「承知している」

 レオンは、真っ直ぐに答えた。

「だが、君が“選ぶ側”として戻るなら、情報は必要だ」

 エレナは、言葉を失った。

(……この人も、選んだ)

 守るために、離れるという選択を。

「……無理は、しないでください」

 エレナは、ようやくそう言えた。

「ああ」

 レオンは、微笑んだ。

「約束しよう」

 それは、かつて交わした、幼い日の約束とは違う。
 互いを縛らない、大人の約束だった。

 ――――――――

 夕暮れ。
 レオンは、森の外れで立ち止まり、振り返った。

「……エレナ」

「はい」

「次に会うときは」

 一瞬、言葉を探す。

「……対等な立場で、話そう」

 エレナは、はっきりと頷いた。

「ええ」

 レオンの背中が、森の向こうへ消えていく。

 エレナは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「……辛そうだな」

 隣で、カイルが低く言った。

「でも……後悔はありません」

 エレナは、静かに答える。

「守られるために選ばなかった。……それだけです」

 カイルは、ふっと息を吐いた。

「なら、次は――俺の番だな」

「……え?」

「お前が選んだ道に、どこまで同行するか」

 その言葉に、エレナの胸が、わずかに高鳴る。

 夕焼けが、森を赤く染めていく。

 守る覚悟と、離れる勇気。
 その両方を知った今、エレナは、もう一歩先へ進もうとしていた。

 それは、王都へ至る道であり――
 同時に、誰かと並んで歩く未来へと続く道でもあった。
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