婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第13話 揺れる選択、交差する視線

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第13話 揺れる選択、交差する視線

 霧が完全に晴れた森は、昨日までと同じようで、どこか違って見えた。
 鳥の声、風に揺れる木々、柔らかな陽射し――それらは変わらない。だが、エレナの胸の内には、確かな変化が芽生えていた。

(……もう、ただ隠れているだけでは駄目)

 小屋の前で、エレナは深く息を吸う。
 昨夜、そして今朝の出来事は、はっきりと示していた。癒しの力を持つ者は、望む望まぬに関わらず、人を引き寄せる。そして、その中には善意だけでなく、欲と暴力も混じる。

 ――選ぶ覚悟。

 それが、今の自分に必要なものだ。

「……何を考えている」

 背後から、カイルの声がした。
 振り返ると、彼は腕を組み、エレナの表情を静かに観察している。

「これからのことです」

 エレナは正直に答えた。

「このまま、森に留まるべきか。それとも……」

「外へ出るか」

 カイルが言葉を継ぐ。

 エレナは頷いた。

「噂は、もう止まりません。隠れれば隠れるほど、怪しまれる」

 それは、理屈としても感覚としても、間違っていなかった。

「……なら、動くしかない」

 カイルは淡々と言った。

「だが、動き方を間違えれば、囲まれる」

 その言葉に、エレナは一瞬、黙り込む。

「……村を、拠点にするのは危険ですよね」

「ああ」

 即答だった。

「村人は悪くない。だが、守る力がない」

 エレナは唇を噛みしめた。
 昨日助けた少年や、その祖母の顔が脳裏に浮かぶ。

(……巻き込みたくない)

「……森を出て、別の場所へ移るのは?」

「選択肢の一つだ」

 カイルは森の奥を見つめる。

「だが、この森を抜ければ、街道に出る。人目は増える」

 静かな沈黙が落ちた。

 そのときだった。

 ――がさり。

 小屋の外、木立の向こうから、控えめな足音がする。

 エレナは、反射的に身構えた。
 胸の奥で、呪いの魔力が、かすかに反応する。

(……違う)

 昨日の傭兵たちとは、明らかに気配が異なる。
 隠そうとしているが、練度は低い。

「……誰か、いる?」

 エレナが声をかけると、びくりと木々が揺れた。

「……ま、待ってくれ!」

 次の瞬間、若い男が姿を現した。

 軽装の鎧に、剣。
 だが、その佇まいには、どこか見覚えがある。

「……レオン?」

 エレナの声が、思わず漏れた。

「……エレナ……!」

 男――レオン・グランツは、息を切らしながら立ち止まった。
 幼い頃から知る、騎士見習いだった少年。今はもう、立派な若き騎士の装いだ。

「……生きていたんだな……」

 その声は、安堵と動揺が入り混じっていた。

「どうして、ここに……」

 エレナが問うより早く、レオンは膝をついた。

「……すまない」

 唐突な謝罪だった。

「俺は……何もできなかった」

 エレナは言葉を失う。
 王都で、婚約破棄が宣言されたあの場に、彼はいなかった。だが、その後の噂は、当然耳に入ったはずだ。

「父上に止められた。王太子派に逆らえば、家が潰れると……」

 悔しそうに拳を握りしめる。

「それでも、せめて無事だけは確認したくて……」

 エレナは、静かに彼を見つめた。

(……変わっていない)

 優しく、誠実で、だが――決断が遅い。

 その横で、カイルが一歩前に出る。

「……誰だ」

 低く、警戒を含んだ声。

 レオンは、はっと顔を上げ、カイルを見る。

「……あなたは?」

「俺は、彼女の同行者だ」

 簡潔な答えだった。

 その一言で、レオンの視線が揺れる。

「……同行者?」

 エレナは、そっと口を開いた。

「レオン、ここは安全な場所じゃない。どうやって、ここを?」

「噂だ」

 レオンは即答した。

「辺境の森に、癒しの力を持つ女がいる。追放された令嬢だと……」

 エレナとカイルは、視線を交わす。

(……やはり、広がっている)

「俺は、王都を抜けて、単独で来た」

 レオンは続けた。

「だが……他にも、動いている者がいる」

 その言葉に、エレナの背筋が冷える。

「……王太子、ですか」

「ああ」

 レオンは、苦い表情で頷いた。

「正式な追手ではない。だが……“保護”という名目で、連れ戻す動きがある」

 ――保護。

 その言葉に、エレナは、はっきりとした嫌悪を覚えた。

(……奪われたくない)

「……私は、戻りません」

 エレナは、迷いなく言った。

「誰の庇護も、もう要りません」

 レオンは、唇を噛みしめる。

「……それでも、危険だ。王都に戻れば、俺が……」

「戻らない、と言いました」

 エレナは、はっきりと遮った。

「私は、自分で道を選びます」

 その強い声に、レオンは目を見開いた。

 かつてのエレナは、こんな言い方をしなかった。
 常に周囲を慮り、争いを避けていた。

「……変わったな」

 小さく、だが確かな声。

「ええ」

 エレナは頷く。

「変わらなければ、また奪われますから」

 沈黙が流れる。

 その中で、カイルが口を開いた。

「話は終わりか」

 淡々とした声だった。

「なら、決めろ。彼女に従うか、引くか」

 レオンは、エレナを見る。
 そして、深く息を吸い、立ち上がった。

「……分かった」

 その声には、覚悟が宿っていた。

「俺は、君を連れ戻しに来たんじゃない。……守るために来た」

 エレナは、驚きと戸惑いを隠せない。

「レオン……」

「ただし」

 彼は、まっすぐにエレナを見つめた。

「選ぶのは、君だ。俺は……その選択に従う」

 その言葉に、胸が揺れた。

 カイルは、無言で二人を見ている。

(……選択)

 また、選ばなければならない。

 エレナは、ゆっくりと息を整え、二人を見渡した。

「……少し、時間をください」

 それが、今の精一杯だった。

 森の中、小屋の前。
 過去と現在、そして未来が、静かに交差する。

 エレナは理解していた。

 この選択が――
 復讐への道だけでなく、恋の行方をも、大きく左右することを。
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