婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第15話 選ばれる未来、並び立つ覚悟

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第15話 選ばれる未来、並び立つ覚悟

 夜の森は、深く、静かだった。
 焚き火の火勢は抑えられ、赤い炭がかすかに息をするように光っている。レオンを見送ってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。エレナは、小屋の前に腰を下ろし、揺れる炎を見つめていた。

(……不思議)

 胸が痛むのに、後悔はない。
 誰かを選ばなかったのではない。自分自身を、選んだのだ。

「……冷えるぞ」

 隣に、カイルが腰を下ろした。
 外套を差し出す仕草はなく、ただそう言うだけ。それが彼なりの気遣いだと、エレナはもう理解している。

「……大丈夫です」

 エレナは小さく笑った。

「そうか」

 それきり、二人は黙った。
 沈黙は長かったが、居心地は悪くない。炎の爆ぜる音と、遠くで鳴く夜鳥の声が、会話の代わりをしている。

 やがて、エレナは意を決したように口を開いた。

「……カイル」

「ん?」

「あなたは……どうして、ここまで付き合ってくれるんですか」

 問いは、率直だった。
 護衛でも、雇われでもない。利害だけでは説明できない距離感。

 カイルは、しばらく炎を見つめてから、低く答えた。

「……似ていると思った」

「私と?」

「ああ」

 短い返事だったが、その一言には、重みがあった。

「居場所を奪われた者の目をしていた。守られているはずの場所で、最初に切り捨てられる側の人間だ」

 エレナは、胸に手を当てる。

「……私は、弱かった」

「違う」

 カイルは、はっきりと言った。

「耐えることを選んでいただけだ。それを弱さと呼ぶ連中がいるが……俺はそうは思わない」

 その言葉に、喉の奥が熱くなる。

「……でも、もう耐えるだけは嫌です」

「ああ」

 カイルは頷いた。

「だから、ここまで来た」

 エレナは、焚き火から視線を外し、彼を見た。

「……あなたは、どこへ向かうつもりなんですか」

 今まで、敢えて踏み込まなかった問いだった。

 カイルは、一瞬だけ目を伏せ、それから答える。

「……隣国だ」

 エレナは、驚かない。

「戻る、のですね」

「ああ」

 淡々とした声。

「奪われたものを、取り戻すために」

 その言葉に、エレナは静かに頷いた。

(……同じ)

 やり方も、立場も違う。
 だが、根にあるものは、よく似ている。

「……私も、いずれ王都へ戻ります」

 エレナは、はっきりと告げた。

「復讐のためだけじゃありません。自分の存在を……私自身の選択で、示すために」

 カイルは、ちらりと彼女を見る。

「危険だぞ」

「分かっています」

 即答だった。

「でも……逃げ続けるより、ずっといい」

 再び、沈黙。
 炎が、ふっと揺れる。

「……なら」

 カイルが、低く言った。

「しばらく、同行する」

 エレナは、息を呑む。

「……それは」

「誤解するな」

 彼は、すぐに続けた。

「守るためじゃない。……並ぶためだ」

 その言葉は、静かだったが、確かだった。

「俺は、君の盾にはならない。指示もしない」

 カイルは、エレナを真っ直ぐに見つめる。

「だが、君が選ぶ道が、俺の目的と重なる限り……背中は預ける」

 胸が、大きく脈打つ。

(……並ぶ)

 守られるでも、利用されるでもない。
 対等な立場で、同じ方向を見る。

「……ありがとうございます」

 エレナは、深く頭を下げた。

「でも……一つ、約束してください」

「何だ」

「もし、私が……力に溺れそうになったら」

 呪いの魔力。
 復讐という名の甘い誘惑。

「その時は、止めてください」

 カイルは、即答しなかった。
 数秒の沈黙の後、低く答える。

「……ああ」

 短いが、重い約束だった。

 ――――――――

 翌朝、エレナは目を覚ました。
 空気は澄み、森は穏やかだ。だが、彼女の中には、確かな緊張があった。

(……今日で、この場所を離れる)

 小屋の前で、簡単な荷をまとめる。
 多くは要らない。必要なのは、覚悟だけだ。

 カイルが、剣を整えながら言った。

「まずは、街道を避けて南へ向かう」

「……情報を、集めるためですね」

「ああ」

 エレナは、頷いた。

「レオンが動いてくれています。王都の様子も、いずれ届くでしょう」

 その時、何をするか。
 もう、決めている。

 エレナは、森を振り返った。
 追放され、傷つき、立ち止まった場所。

(……ありがとう)

 ここで、自分と向き合えた。
 ここで、選び直すことができた。

「……行きましょう」

 エレナが言うと、カイルは短く頷いた。

 二人は並び、森の奥へと歩き出す。

 誰かの庇護ではない。
 誰かの影でもない。

 選ばれる未来ではなく、選ぶ未来へ。

 エレナ・フォン・ローレンツは、もう迷わない。
 癒しと呪い、その両方を抱えたまま――自分の名で、前へ進む。

 王都への道は、まだ遠い。
 だが、その一歩一歩は、確かに彼女自身のものだった。

 復讐の舞台は、静かに、しかし確実に近づいている。

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