婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

文字の大きさ
18 / 32

第18話 選択の重さ、刃となる決意

しおりを挟む
第18話 選択の重さ、刃となる決意

 宿場の村を離れる朝、空は低く曇っていた。
 湿った風が頬をなで、遠くで雷鳴がくぐもっている。雨が来る――そう直感できる空気だった。

 エレナは外套の紐を結び直し、深く息を吸った。

(……ここを離れる)

 昨日までの出来事が、まだ胸の内でざわめいている。
 助けた命。拒んだ要求。引いた線。
 どれもが、以前の自分なら選ばなかった行動だ。

「……後悔は?」

 荷を整えながら、カイルが尋ねた。

「……いいえ」

 エレナは、即答した。

「怖さは残っています。でも……後悔はありません」

 それは、はっきりとした実感だった。

 宿場の村は、二人が去ることを止めなかった。
 だが、視線は確かに集まっていた。感謝、好奇心、そして、まだ消えきらない欲。

(……留まれば、いずれ縛られる)

 エレナは、その場に留まらなかった自分の判断を、正しいと思えた。

 ――――――――

 村を離れて半刻ほど歩いた頃、空が暗くなり始めた。
 雷鳴が近づき、やがて雨が降り出す。

「……急ごう」

 カイルの言葉に、エレナは頷く。

 ほどなく、古い石造りの祠を見つけ、二人はその軒下に避難した。
 雨脚は強く、視界が白く滲む。

 祠の中は狭く、湿っているが、外よりはましだ。

「……静かですね」

 エレナが呟く。

「嵐の前は、こんなものだ」

 カイルは外を見つめながら答えた。

 そのときだった。

 ――ひゅ、と空気を裂く音。

 反射的に、カイルがエレナを引き寄せる。

 次の瞬間、祠の石柱に、短剣が突き刺さった。

「……っ」

 雨音に紛れ、複数の足音。

「……囲まれている」

 カイルの声は、低く、鋭い。

 エレナの胸が、きゅっと締まる。

(……ついに、来た)

 これまでとは違う。
 交渉でも、探りでもない。

 明確な――敵意。

「……出てこい、癒し手」

 雨の向こうから、男の声が響く。

「大人しく従えば、痛い目は見せない」

 エレナは、静かに一歩前へ出た。

「……私を、連れて行くつもりですか」

「話が早い」

 姿を現したのは、黒装束の男たちだった。
 数は四。装備は軽く、動きに無駄がない。

(……傭兵……いえ、もっと……)

「どこからの依頼ですか」

 エレナは、声を落ち着かせた。

「答える義理はない」

 一人が、にやりと笑う。

「だが……悪い条件じゃない。王都へ戻れるぞ」

 その言葉に、エレナの心が静かに冷えた。

(……王太子)

 間違いない。

「……お断りします」

 即答だった。

「私は、戻る場所を選びます」

「……強情な女だ」

 男の一人が、舌打ちする。

「なら――」

 合図と同時に、男たちが動いた。

 カイルが、即座に前へ出る。

「下がれ」

 剣が閃き、雨粒を弾く。

 だが、四対一。
 包囲は崩れない。

(……今度は、拒むだけじゃ足りない)

 エレナは、胸の奥に意識を向けた。

 冷たい流れ。
 だが、暴れさせない。

(……守るため)

 癒しと呪い、その境界を、慎重になぞる。

「……これ以上、踏み込まないでください」

 低く、確かな声。

 空気が、歪んだ。

 だが、男たちは止まらない。

「……やれ!」

 刹那、エレナは理解した。

(……拒絶だけでは、届かない)

 彼らは、踏み込む覚悟を決めている。

(……なら)

 エレナは、選んだ。

 ――傷つけない、ではなく。
 ――止める。

 呪いの魔力を、形にする。
 狙うのは、命ではない。

「……動けなくなれ」

 その一言と共に、見えない鎖が、男たちの足に絡みついた。

「……っ!? 足が……!」

「……何だ、これ……!」

 四人が、同時に地に膝をつく。

 だが、恐怖に歪む表情を見て、エレナの胸が締めつけられた。

(……これが、力)

 選んだ結果だ。

 カイルが、剣を構えたまま、低く言う。

「……やり過ぎていない」

「……分かっています」

 エレナは、震える息を整えた。

「命は……奪っていません」

 男たちは、必死に足掻くが、立ち上がれない。

「……覚えておけ」

 エレナは、静かに告げた。

「私は、従わない。次に来るなら……同じ結果になります」

 数秒後、魔力を解く。

 男たちは、よろめきながら後退し、雨の中へ消えた。

 祠に残ったのは、激しい雨音と、重い沈黙。

 エレナは、膝から力が抜け、座り込んだ。

「……怖かった……」

 声が、震える。

「だが」

 カイルは、剣を収め、エレナの前に屈んだ。

「……選んだな」

 エレナは、顔を上げる。

「……はい」

 視界が滲む。

「拒むだけでは……守れない場面があると、分かりました」

 カイルは、ゆっくりと頷いた。

「その理解は……刃になる」

「……刃?」

「ああ」

 彼は、真っ直ぐにエレナを見る。

「使い方を誤れば、他人も、自分も傷つける」

 エレナは、胸に手を当てた。

(……だからこそ)

「……私は、選び続けます」

 静かな決意。

「感情ではなく、意志で」

 雷鳴が、遠くで轟いた。
 雨は、やがて弱まり始める。

 祠の外に、薄明かりが差し込んだ。

 エレナは立ち上がり、空を見上げた。

 ――もう、戻れない。

 だが、それでいい。

 選択の重さを知り、刃となる決意を抱いた今、彼女は、ただの追放された令嬢ではない。

 王都へ向かう道は、さらに険しくなる。
 それでも、エレナ・フォン・ローレンツは、歩みを止めなかった。

 守るために、選ぶために――前へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語

つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。 物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか? 王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか? これは、めでたしめでたしのその後のお話です。 番外編がスタートしました。 意外な人物が出てきます!

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄をされるのですね? でしたらその代償を払っていただきます

柚木ゆず
恋愛
「フルール・レファネッサル! この時を以てお前との婚約を破棄する!!」  私フルールの婚約者であるラトーレルア侯爵令息クリストフ様は、私の罪を捏造して婚約破棄を宣言されました。  クリストフ様。貴方様は気付いていないと思いますが、そちらは契約違反となります。ですのでこれから、その代償を払っていただきますね。

処理中です...