婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

文字の大きさ
22 / 32

第22話 仮面の晩餐、仕組まれた舞台

しおりを挟む
第22話 仮面の晩餐、仕組まれた舞台

 その夜、ローレンツ公爵家の屋敷は、久方ぶりに明かりに満ちていた。
 理由は一つ――王城からの“非公式な招待”である。

「……やはり、来たのね」

 公爵夫人は、手紙を畳みながら小さく息を吐いた。
 晩餐会。名目は、エレナの“無事な帰還を祝うため”。

(……祝う、ですか)

 エレナは、皮肉を飲み込み、静かに立っていた。

 祝宴とは名ばかり。
 実際には――観測と牽制、そして囲い込みの場だ。

「……出席は、強制ではありません」

 公爵夫人は言葉を選びながら続ける。

「ですが……断れば、余計な憶測を呼ぶでしょう」

「ええ」

 エレナは、穏やかに頷いた。

「分かっています」

 逃げれば、“やましい”と見なされる。
 出席すれば、利用される。

(……なら)

 選択肢は、一つしかない。

「……出ます」

 その一言に、公爵夫人は目を見開いた。

「……覚悟は」

「できています」

 エレナは、はっきりと答えた。

「私は、黙って座るために戻ったのではありません」

 ――――――――

 晩餐会は、王城にほど近い、由緒ある貴族の館で開かれた。
 白を基調とした大広間には、名だたる貴族たちが集っている。

 囁き。
 視線。
 値踏み。

 エレナは、淡い色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩いた。

(……見られている)

 だが、もう怯えない。

「……堂々としているな」

 隣で、カイルが低く囁く。
 彼は護衛役として、控えめな装いで付き添っていた。

「……ええ」

 エレナは、小さく微笑む。

「震えているように見せたら、思う壺ですから」

 会場の奥――。
 そこに、いた。

 王太子ルイス。

 豪奢な衣装に身を包み、周囲の視線を当然のものとして受け止めている。
 そして、その腕には――アリアがいた。

(……相変わらず)

 エレナの胸は、不思議なほど静かだった。

 その視線に気づいたのか、ルイスが振り向く。
 一瞬、驚き。
 そして――満足げな笑み。

「……戻ってきたか、エレナ」

 近づいてきた彼は、まるで当然のように声をかけた。

「元気そうで何よりだ」

「……お久しぶりです、殿下」

 エレナは、形式通りに一礼する。

「心配していた」

 その言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。

「君は、守られるべき存在だ。だからこそ――」

「それは、ありがたいお言葉ですね」

 エレナは、穏やかに遮った。

「ですが」

 ルイスの言葉が、止まる。

「私は、保護を求めて戻ったわけではありません」

 空気が、張り詰めた。

「……何?」

 ルイスの眉が、わずかに歪む。

「私は、招待を受けた“客”です」

 エレナは、まっすぐに彼を見る。

「それ以上でも、それ以下でもありません」

 ざわめきが、大きくなる。

 アリアが、慌てたように口を挟んだ。

「で、でも……エレナ様。殿下は、あなたを――」

「アリア様」

 エレナは、静かに呼びかけた。

「あなたは、“予知”をお持ちでしたね」

 アリアの顔が、わずかに強張る。

「ええ……未来が、時折、見えるのです」

「では」

 エレナは、穏やかな笑みを浮かべた。

「今日、この場で“何が起きるか”も、ご存じなのですね」

 一瞬の沈黙。

 アリアは、笑顔を崩さぬまま答えた。

「……もちろんですわ」

「そうですか」

 エレナは、頷いた。

「では、楽しみにしております」

 その言葉は、挑発ではない。
 確認だった。

(……逃げ道を、塞いだ)

 ――――――――

 晩餐が進むにつれ、空気は奇妙に熱を帯びていった。
 貴族たちは、笑顔の裏で探り合い、エレナの一挙手一投足を観察している。

 そして――。

「……皆様」

 ルイスが、杯を掲げて立ち上がった。

「本日は、特別な報告があります」

 来た。

 エレナは、背筋を伸ばす。

「我が婚約者――」

 一瞬の間。

「……かつての婚約者、エレナ・フォン・ローレンツを」

 その言い直しに、ざわめきが走る。

「正式に、王家の庇護下に迎え入れることを、ここに宣言する」

 拍手が起こりかけ――止まった。

 エレナが、静かに前へ出たからだ。

「……その宣言」

 澄んだ声が、広間に響く。

「私は、受け取りません」

 凍りつく空気。

「エレナ、君は――」

「殿下」

 エレナは、はっきりと言った。

「迎え入れとは、同意があって初めて成立するものです」

 彼女は、会場を見渡す。

「私は、拒否します」

 その一言で、仮面の晩餐は――音を立てて、軋み始めた。

 仕組まれた舞台の上で、
 エレナは、主役として立っていた。

 もう、操られる存在ではない。
 次に動くのは――彼女の番だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語

つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。 物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか? 王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか? これは、めでたしめでたしのその後のお話です。 番外編がスタートしました。 意外な人物が出てきます!

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄をされるのですね? でしたらその代償を払っていただきます

柚木ゆず
恋愛
「フルール・レファネッサル! この時を以てお前との婚約を破棄する!!」  私フルールの婚約者であるラトーレルア侯爵令息クリストフ様は、私の罪を捏造して婚約破棄を宣言されました。  クリストフ様。貴方様は気付いていないと思いますが、そちらは契約違反となります。ですのでこれから、その代償を払っていただきますね。

処理中です...