婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第24話 綻ぶ忠誠、王太子の孤立

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第24話 綻ぶ忠誠、王太子の孤立

 沈黙が、いつまでも続くはずはなかった。
 だが、その沈黙が破られた瞬間、空気は決定的に変わった。

「……殿下」

 最初に声を上げたのは、年配の伯爵だった。
 王太子派として知られる人物――その口調は、慎重だが、どこか硬い。

「先ほどの予言について……我々は、説明を求めたい」

 それは、穏やかな言葉でありながら、逃げ道を塞ぐ問いだった。

「……説明?」

 ルイスは、笑みを作ろうとした。
 だが、口元がわずかに引きつる。

「予言は、絶対ではない。多少の誤差は――」

「“多少”では済まぬ」

 別の貴族が、はっきりと言った。

「殿下は、その予言を根拠に、政策判断を行ってこられた」

 ざわめきが、再び広がる。

「不作の年になると聞かされ、備蓄を放出した件もある」

「結果は、どうだった?」

 誰かが答える。

「……平年並みだった」

 ルイスの背中に、冷たい汗が滲む。

(……まずい)

 彼は、ようやく理解した。
 これは、婚約破棄の問題ではない。
 ――統治の正当性、そのものが揺らいでいる。

「……アリア」

 ルイスは、縋るように隣を見る。

「説明してくれ」

 だが、アリアは答えなかった。
 顔は青ざめ、視線は定まらない。

「……わ、私は……」

 言葉は、震えて途切れる。

「未来が……見えたような気がしただけで……」

 その一言が、致命的だった。

 “気がしただけ”。

 それは、予言でも魔法でもない。
 ただの――思い込み。

「……殿下」

 今度は、公爵が口を開いた。
 王太子派の中核だった人物だ。

「この件、王太子個人の責任として処理するには……重すぎますな」

 ルイスの目が、大きく見開かれる。

「な、何を言っている……」

「我々は、殿下を支持してきた」

 公爵は、淡々と続ける。

「それは、未来を見通す補佐がいるという前提があったからだ」

 つまり――。

「その前提が崩れた以上、支持も再考せねばならぬ」

 空気が、はっきりと割れた。

 エレナは、その様子を静かに見つめていた。

(……忠誠は、条件付き)

 人は、理念よりも、利益で動く。
 だからこそ――脆い。

「……父上」

 ルイスの声が、震えた。

 王は、この晩餐には姿を見せていない。
 だが、ここでのやり取りは、必ず耳に入る。

「殿下」

 先ほどの伯爵が、静かに言った。

「本日は、これ以上の“宣言”は控えられた方がよろしい」

 それは、事実上の――制止だった。

 ルイスは、拳を握りしめる。

(……エレナ)

 その名が、脳裏をよぎる。

 追放した女。
 不要だと切り捨てた存在。

 その女が、今――自分の足場を、静かに崩している。

「……今日は、ここまでとしよう」

 ルイスは、無理に威厳を装って言った。

「晩餐は、お開きだ」

 音楽が、ぎこちなく再開される。
 だが、誰も心から楽しんではいない。

 貴族たちは、視線を交わし、言葉を選びながら、次々と席を立っていった。

 ――――――――

 会場を出る直前、エレナは足を止めた。

「……殿下」

 その呼びかけに、ルイスが振り返る。

「これだけは、お伝えします」

 エレナの声は、静かだった。

「私は、あなたから何かを奪いに来たのではありません」

 ルイスの眉が、わずかに動く。

「あなたが、自ら崩したものが――今、見えているだけです」

 その言葉は、刃よりも鋭かった。

 ルイスは、何も返せなかった。

 ――――――――

 夜の王都は、昼間よりも饒舌だ。
 噂は、灯りの数だけ生まれ、走る。

「王太子、騙されていたらしい」

「予言が外れた?」

「公爵令嬢が、見抜いたそうだ」

 エレナとカイルは、屋敷へ戻る馬車の中で、無言だった。

「……想定より、早い」

 やがて、カイルが低く言った。

「はい」

 エレナは、窓の外を見る。

「……でも、まだ終わりではありません」

「ああ」

 カイルは、頷く。

「追い詰められた人間は、必ず――」

「……強硬手段に出る」

 エレナが、続きを口にした。

 二人の視線が、重なる。

 綻んだ忠誠。
 孤立し始めた王太子。

 だが、それは――嵐の前兆でもあった。

 エレナ・フォン・ローレンツは、確信していた。
 次に来るのは、話し合いではない。

 それでも、歩みは止めない。

 この舞台で、退くつもりは――もう、なかった。
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