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第25話 追い詰められた牙、静かな包囲網
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第25話 追い詰められた牙、静かな包囲網
夜明け前の王都は、奇妙な静けさに包まれていた。
昨夜の晩餐会から一夜。街路にはいつもより兵の姿が多く、巡回の足音が規則正しく響いている。
(……来る)
エレナは、屋敷の二階の窓からその様子を見下ろし、静かに息を整えた。
忠誠が綻び、支持が揺らいだ。ならば、次に選ばれるのは――力による解決。
「……予想通りだ」
背後で、カイルが低く言う。
「包囲は、まだ緩い。だが、時間の問題だ」
エレナは、振り返らずに答えた。
「王太子殿下は……追い詰められると、早い方ですから」
皮肉ではない。
事実だ。
ルイスは、対話や譲歩を選ぶ人間ではなかった。
選ぶのは、常に“奪う”という手段。
――――――――
朝食の席で、屋敷に一通の通達が届いた。
『王太子殿下の命により、ローレンツ公爵家は当面の間、外出を控えること。
なお、エレナ・フォン・ローレンツに関しては、王城にて“事情聴取”を行う』
事情聴取。
その言葉に、屋敷の空気が凍りつく。
「……実質、軟禁ですね」
公爵夫人が、低く呟いた。
エレナは、落ち着いていた。
「予想の範囲内です」
「エレナ……」
母は、言葉を探す。
「王城へ行けば、何をされるか……」
「分かっています」
エレナは、はっきりと言った。
「だから――行きません」
公爵夫人が、目を見開く。
「……拒否、するの?」
「ええ」
エレナは、視線を上げた。
「私は、犯罪者ではありません。事情聴取に応じる義務もありません」
それは、法的にも正しい主張だった。
だが――相手は、王太子だ。
「……強行される」
カイルが、短く言う。
「だから、先に動きます」
エレナは、静かに告げた。
――――――――
昼過ぎ、屋敷の周囲にいた兵の数が、明らかに増えた。
だが、その配置はどこか中途半端だ。
(……急ごしらえ)
エレナは、内部から見ていた。
「本気の包囲ではありません」
「牽制だ」
カイルが答える。
「抵抗しなければ、そのまま連行するつもりだった」
「……なら」
エレナは、深く息を吸った。
「抵抗しません。ただし――こちらの形で」
彼女は、テーブルに広げた紙束を指さした。
それは、晩餐会の後、一晩かけて整理した資料だった。
予言を根拠に行われた政策判断の一覧。
その結果と、記録。
そして、証言を得られた貴族たちの名。
「……包囲網は、外だけじゃない」
エレナは、静かに言う。
「内側から、崩します」
カイルは、わずかに口角を上げた。
「……やる気だな」
「ええ」
エレナは、迷いなく答えた。
「奪われる前に、選択肢を奪います」
――――――――
夕刻。
王都の別の屋敷で、小さな集まりが開かれていた。
表向きは、私的な茶会。
だが、集まっているのは、昨夜の晩餐会で沈黙を選んだ貴族たちだ。
「……まさか、ここまでとは」
「王太子は、焦っている」
「このままでは……」
ざわめく中、扉が開く。
エレナが、静かに入室した。
「……お時間をいただき、ありがとうございます」
その場にいた者たちが、息を呑む。
「私は、味方を集めに来たのではありません」
エレナは、はっきりと言った。
「判断材料を、お渡しに来ただけです」
彼女は、資料を机に置く。
「予言を根拠に行われた決定。
その結果と、責任の所在」
一人、また一人と、紙に目を落とす。
「……これは」
「……まずい」
声が、低く漏れる。
「私は、王太子殿下を裁く立場ではありません」
エレナは、穏やかに続けた。
「ですが――皆様には、選ぶ権利があります」
沈黙。
だが、それは――拒絶ではなかった。
――――――――
夜。
屋敷へ戻る馬車の中で、エレナは目を閉じた。
(……包囲網は、動き始めた)
外側からの圧。
内側からの疑念。
追い詰められているのは――どちらなのか。
「……次は、強く来る」
カイルが、低く言う。
「ええ」
エレナは、頷いた。
「だからこそ……逃げ場を、用意しません」
彼女は、窓の外の王都を見つめる。
静かな夜。
だが、その下で――牙は、確かに剥かれていた。
エレナ・フォン・ローレンツは、包囲されている。
だが同時に――王太子もまた、見えない網に絡め取られ始めていた。
静かな包囲網は、もう――完成に近い。
夜明け前の王都は、奇妙な静けさに包まれていた。
昨夜の晩餐会から一夜。街路にはいつもより兵の姿が多く、巡回の足音が規則正しく響いている。
(……来る)
エレナは、屋敷の二階の窓からその様子を見下ろし、静かに息を整えた。
忠誠が綻び、支持が揺らいだ。ならば、次に選ばれるのは――力による解決。
「……予想通りだ」
背後で、カイルが低く言う。
「包囲は、まだ緩い。だが、時間の問題だ」
エレナは、振り返らずに答えた。
「王太子殿下は……追い詰められると、早い方ですから」
皮肉ではない。
事実だ。
ルイスは、対話や譲歩を選ぶ人間ではなかった。
選ぶのは、常に“奪う”という手段。
――――――――
朝食の席で、屋敷に一通の通達が届いた。
『王太子殿下の命により、ローレンツ公爵家は当面の間、外出を控えること。
なお、エレナ・フォン・ローレンツに関しては、王城にて“事情聴取”を行う』
事情聴取。
その言葉に、屋敷の空気が凍りつく。
「……実質、軟禁ですね」
公爵夫人が、低く呟いた。
エレナは、落ち着いていた。
「予想の範囲内です」
「エレナ……」
母は、言葉を探す。
「王城へ行けば、何をされるか……」
「分かっています」
エレナは、はっきりと言った。
「だから――行きません」
公爵夫人が、目を見開く。
「……拒否、するの?」
「ええ」
エレナは、視線を上げた。
「私は、犯罪者ではありません。事情聴取に応じる義務もありません」
それは、法的にも正しい主張だった。
だが――相手は、王太子だ。
「……強行される」
カイルが、短く言う。
「だから、先に動きます」
エレナは、静かに告げた。
――――――――
昼過ぎ、屋敷の周囲にいた兵の数が、明らかに増えた。
だが、その配置はどこか中途半端だ。
(……急ごしらえ)
エレナは、内部から見ていた。
「本気の包囲ではありません」
「牽制だ」
カイルが答える。
「抵抗しなければ、そのまま連行するつもりだった」
「……なら」
エレナは、深く息を吸った。
「抵抗しません。ただし――こちらの形で」
彼女は、テーブルに広げた紙束を指さした。
それは、晩餐会の後、一晩かけて整理した資料だった。
予言を根拠に行われた政策判断の一覧。
その結果と、記録。
そして、証言を得られた貴族たちの名。
「……包囲網は、外だけじゃない」
エレナは、静かに言う。
「内側から、崩します」
カイルは、わずかに口角を上げた。
「……やる気だな」
「ええ」
エレナは、迷いなく答えた。
「奪われる前に、選択肢を奪います」
――――――――
夕刻。
王都の別の屋敷で、小さな集まりが開かれていた。
表向きは、私的な茶会。
だが、集まっているのは、昨夜の晩餐会で沈黙を選んだ貴族たちだ。
「……まさか、ここまでとは」
「王太子は、焦っている」
「このままでは……」
ざわめく中、扉が開く。
エレナが、静かに入室した。
「……お時間をいただき、ありがとうございます」
その場にいた者たちが、息を呑む。
「私は、味方を集めに来たのではありません」
エレナは、はっきりと言った。
「判断材料を、お渡しに来ただけです」
彼女は、資料を机に置く。
「予言を根拠に行われた決定。
その結果と、責任の所在」
一人、また一人と、紙に目を落とす。
「……これは」
「……まずい」
声が、低く漏れる。
「私は、王太子殿下を裁く立場ではありません」
エレナは、穏やかに続けた。
「ですが――皆様には、選ぶ権利があります」
沈黙。
だが、それは――拒絶ではなかった。
――――――――
夜。
屋敷へ戻る馬車の中で、エレナは目を閉じた。
(……包囲網は、動き始めた)
外側からの圧。
内側からの疑念。
追い詰められているのは――どちらなのか。
「……次は、強く来る」
カイルが、低く言う。
「ええ」
エレナは、頷いた。
「だからこそ……逃げ場を、用意しません」
彼女は、窓の外の王都を見つめる。
静かな夜。
だが、その下で――牙は、確かに剥かれていた。
エレナ・フォン・ローレンツは、包囲されている。
だが同時に――王太子もまた、見えない網に絡め取られ始めていた。
静かな包囲網は、もう――完成に近い。
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