婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第1話 婚約破棄は、歓迎ですわ

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第1話 婚約破棄は、歓迎ですわ

 その日は、王宮の大広間にしては空気が張り詰めすぎていた。

 白い大理石の床。天井から降り注ぐシャンデリアの光。
 貴族たちは整然と並び、誰もが息を潜めて成り行きを見守っている。

 ――その中心に立たされているのが、私。

 セラフィナ・ヴァルシュタイン侯爵令嬢。

 そして、私の正面に立つのが――第一王太子、アルノルト殿下だった。

「セラフィナ・ヴァルシュタイン。
 本日をもって、君との婚約を破棄する」

 その宣告は、あまりにもはっきりと、容赦なく響いた。

 ざわ、と貴族たちの間に小さな波紋が広がる。
 驚き、困惑、好奇心。
 さまざまな視線が一斉に私へ突き刺さった。

 ……ええ、わかっています。
 この場で求められている反応も。

 私は一瞬、唇を噛みしめ、震える手を胸元で握った。

「……殿下……」

 声を震わせる。
 視線を伏せる。
 涙が滲むまで、少し間を置く。

 ――完璧。

 周囲からは、同情の気配がはっきりと伝わってきた。

「まあ……」「お気の毒に……」
「なんて突然……」

 内心、私は静かに頷く。

(ええ、そうですわ。
 “可哀想な婚約破棄された令嬢”、今まさに完成しました)

 アルノルト殿下は、満足げに頷いた。

「理由は簡単だ。
 君は――完璧すぎる」

 ……出ました。

「政務、財務、領地運営。
 どれを取っても非の打ちどころがない。だが、それが問題なのだ」

 殿下は胸を張り、まるで名演説でもしているかのように言い切る。

「妃には、癒やしが必要だ。
 もっと柔らかく、守ってあげたくなる存在がふさわしい」

 その言葉に、会場の一角がそっと開いた。

 そこに立っていたのは、淡い色のドレスを身にまとった少女。

 ――ノエリア。

 平民出身でありながら、殿下に見初められた存在。

 不安そうにこちらを見つめるその瞳に、悪意はない。
 むしろ、怯えに近い。

(……この子は、悪くない)

 そう思える程度には、私は冷静だった。

「私は……ノエリアのような女性を守りたい。
 だから、君との婚約は破棄する」

 殿下の言葉が終わると同時に、視線が再び私へ集中する。

 ――さあ、ここですわ。

 私はゆっくりと顔を上げ、震える声で答えた。

「……承知いたしました」

 その瞬間、会場がざわめいた。

「え……?」
「反論しないの……?」

 驚くのも無理はない。
 普通なら、泣いて縋る場面だ。

 けれど私は、深く一礼した。

「殿下のご意思、確かに受け取りました。
 私の至らなさゆえ、殿下のお心を癒やすことができなかったのでしょう」

 完璧な“負け姿”。

 誰もが、私を気の毒な敗者として見ただろう。

 ――でも。

(やりましたわ)

 心の中で、私は盛大に拍手していた。

(婚約破棄。
 王太子妃候補から解放。
 責任、義務、期待、全部消滅)

 控えめに言って、最高では?

 アルノルト殿下は満足そうに頷く。

「わかってくれて助かる。
 これで互いに――」

「はい。互いに、より良い未来へ進めますわ」

 私は、にこりと微笑んだ。

 ――ほんの少しだけ、上品に。

 その瞬間、殿下の表情がわずかに揺れた。
 だが、すぐに気のせいだと打ち消したようだ。

 私は再び一礼し、静かに大広間を後にする。

 背中に浴びる視線の数々。
 同情、憐れみ、好奇心。

 全部、今だけ。

 廊下に出た瞬間、私は小さく息を吐いた。

「……ふぅ」

 誰もいないことを確認してから、口元を押さえる。

「――やっと、自由ですわ」

 誰にも聞かれないよう、そっと呟いた。

 これから先、殿下がどうなるかなんて、正直どうでもいい。

 私には――
 私自身の人生を取り戻す時間が、ようやく訪れたのだから。

 紅茶は、ゆっくり味わう派ですの。

 冷める前に、次の一手を考えましょう。


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